第23話:ウェストデザートからの医者4

「ああ……何で俺がこんなところに……」

「うわっ」

 優里の診察中、他のメンバーは応接間に集められていた。

 詩織に言われてお茶を用意してきた絢音はソファーに崩れ落ちる月彦を見て思わずお盆を取り落としそうになる。

「えっと……」

 輝夜の隣では終始涼しい顔で立っていた彼がどうして今にも泣きそうな顔をして駄々をこねているのか。詩織の顔を見ると子犬でも見る様な顔で微笑んでおり、千尋を見ると所在なさげに目を彷徨わせている。

 そして、奏人は、

「それはこっちの台詞だ」

 と、やはり虫でも見る様な目で月彦を見下している。

「あの……お茶をお持ちしました」

 と、覚えたての敬語でお茶を机に並べる。一体何が起きているのか絢音にはさっぱり分からない。

 輝夜・ウェストデザートが診察を行うため優里と部屋に籠っている。その間自分たちはここで待機するというのが役目のはずだが。

「うー白衣の輝夜ちゃんが拝めると思ったのにどうして俺はこんな悪魔と閉じ込められなきゃいけないんだ」

「悪魔とは酷い言いがかりだな、犬彦」

「酷い! 俺は犬じゃないです!」

 奏人はソファーに座って足を組みながら、月彦に随分と挑発的な態度をとっている。

「あの、詩織さん……二人は知り合いなんですか?」

 ひとまず詩織に助けを求めると、詩織は楽しそうに微笑んだ。

「ええ。五年くらい前かしら? ウェストデザートで先端電子機器について学ぶための一か月間研修があってね、奏人と私で行ってきたの。そこで出会ったのが月彦くんでね……丁度奏人とチームを組んだもののあまりにポンコツだったから……奏人に虐められるようになっちゃって」

「虐めって……」

 いい年した執事が一体何をやっているんだ、と綾音は思う。

「別に無意味に虐めていた訳じゃない。ちゃんと勝負を行った上で罰ゲームをしていただけだ」

「三回回ってワンとか、焼きそばパン買ってこいとか、靴磨きの刑とか酷い事ばっかり……おまけに俺のこと犬って呼んできて……」

 申し訳ないが、眉を下げて奏人に抗議する月彦は確かに犬に見えなくもなかった。

「それに自分から勝負をしかけてきたこともあっただろう」

「ありました! ありましたけど……剣の勝負も計算もタイピングも反射神経もカードゲームもサイコロも全部奏人さんが買っちゃうんだもん」

 絢音は頭を押さえて自分のお茶を飲んだ。優里の前とそれ以外の前の奏人は割と性格に差があったがここまでくると別人格でもあるようだ。

「お前のお嬢様が交渉してきたんだ。診察中優里お嬢様から離れる代わりに犬をやるってな」

「輝夜ちゃんは俺を犬って言わないです!」

「……てかお前輝夜ちゃんって」

 優里にべったりな奏人があっさり離れたのにも理由があったらしい。

「俺は輝夜ちゃんの執事であり輝夜ちゃんの彼氏ですから」

「な……」

 奏人を含め、月彦以外の全員が衝撃を受ける。執事でありながら彼氏。そんなものが許されるのだろうか。

「まあ輝夜ちゃんは正式な跡取りでもないし、眠り姫を眠りから覚まさせられるのは俺だけですからね」

 犬と罵られて委縮していた時とは一転、月彦は自慢げに胸を反らした。

「月彦くん、いつの間に……」

「んー三年くらい前だったと思います。元々小さいころから一緒だったから自然に……輝夜ちゃんにもいつも可愛いって言われてますよ」

「それってやっぱり犬扱いなんじゃ……」

 千尋は絢音のお茶を飲みながらポツリと零す。それでも多分、二人が付き合っているというのは本当なのだろう。

「奏人先輩はどうなんですか? 優里お嬢様と」

「……ゆ、優里お嬢様はイーストプレイン家の正式な跡取りで……俺が思いを寄せていい相手じゃない」

「え……ってことは思いを寄せていい相手だったら好きになってたってことですか?」

「うっ」

 奏人が口を押える。どう見ても痛いところを突かれたという顔だ。

「そりゃあ優里お嬢様は可愛いし素直だし優しいし頭もいいし魅力しかない人だけど、俺が優里お嬢様に抱いている気持ちは敬愛であって恋愛感情じゃない」

 口では否定しているが、どうもその表情は苦し気だ。

「あの研修中に荒れていたのだって優里お嬢様が見つからなかったからですよね?」

「違う、あの時は……単にウェストデザートの人工都市が肌に合わなかっただけだ」

「だって昔の奏人先輩と今の奏人先輩ってもう表情から違いますし」

「大人になったからだ」

 その割に声を荒げる奏人は幼く見える。

「えーでも……」

「犬彦、チェスのやり方は覚えているか?」

「勿論ですけど……」

「俺が勝ったら二度とその話をするのを禁止する」

「ええ……」

 奏人は座る位置を変え、月彦と机を挟んで反対側に座ると、詩織にチェス盤を持ってきてもらうよう頼む。

 何故か奏人に火がついてしまったようだ。

「暑苦しい……」

 という千尋の言葉が聞こえないのか、奏人は子犬のように怯える月彦を睨んだ。


 この勝負は結局輝夜が彼らを呼びに来るその時まで続くことになる。


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