チャービル家の兄弟(3)


海神ルカ。

女神によって創られた海の神。

生きとし生ける者に海の恵みを与え、不遜な者には罰を下す。

浜辺に行き着く物、例えば貝殻や珊瑚は海神ルカが人々に送るメッセージだとも言われている。

時に起こる嵐は海神ルカの逆鱗に触れたことによって起こるとされ、故に船乗りは海を畏れ、海への感謝を忘れない。

 海賊でありながら海神ルカへ深い信仰心を持つチャービル家は、代々、その役目を担ってきた。その昔は一族の中で一番美しい娘を海神に捧げたという話もあるが、幸いにも我が家には娘はいない。

迷信深い母に育てられたチャービル家の兄弟たちは、母の言いつけに少々懐疑的であった。畏れを知って初めて神を認識するというが、未だ恐れ知らずの兄弟たちは海神の存在を実感出来ずにいる。

朝陽を浴びた海水を頭から浴びて禊を済ませ、兄弟たちは神殿へと帆を進めた。

神殿は海図に記されていない名もなき小島の下にある。容易に神殿に近づける者はおらず、決して他の船乗りに知られてはならない掟があった。


 澄んだ海しか知らない兄弟たちにとって見慣れた海は退屈だった。

「兄さんが断らないからこんなことに——」

 母は強し。

 というか母に逆らえる者など兄弟の中にはおらず、逆らう気力はない。

 ぶちぶちと文句を言い続けるヴィーシャとシヴァは自分の未来を僅かに悲観していた。

「俺たち、一生母上に逆らえないのかな」

「早く一人前にしたいんだろ? あの人は。お前みたいな不出来な息子がいるから」

「てめえに言われたくねえ! 女の尻ばっか追いかけ回してるアホにはな!」

「いいから手を動かせ、二人とも」

「「はあい」」

 オールをとめたヴィーシャとシヴァはマラーに小突かれ、再び漕いだ。

「おい、母上の次はマラーの尻に敷かれるのかよ、俺たち」

「出来れば俺は美女のお尻がいいなあ。マラーが姉さんだったら良かったのに」

「見境なしかお前。マラーが姉貴だったら母さんそっくりだぞ」


「見えたよ! 神殿だ!」

 漕ぎ手にするには幼すぎる末弟のアリスタは、母に渡された島の絵を元にして目を凝らして探し見つけたらしい。その喜びは小舟の上でぴょんぴょんと跳ねたので、マラーは頭を叩いた。


 神殿に持って行くのは先の船に落ちて来た海飛竜の腐った頭だ。

 母が作った臭い消しのハーブを幾つも詰め込み、何重もの布で包みロープで縛った。誰がそれを持つのかというところだが、ヴィーシャもシヴァも嫌がることは分かっていたのでマラーがずっと抱えていた。

 マラーは頭が痛いことばかりでため息を吐いていた。

「遅いぞ、アリー」

「待って、シヴァ」

 足場の悪い岩礁でアリスタはもたつきながら兄たちを追った。

「海賊たるもの、足場の悪いところでも剣を使えるくらいのバランス力を鍛えなくちゃな」

「お前も、何でアリスタまで連れてきたんだ。お前に言っているんだぞ、シヴァ」

「こいつに留守番なんてできねえよ。それに、今更言っても意味ないだろ」

 アリスタはごねてごねて、挙句の果てに弟パワーを存分に使い兄貴風を吹かせたいシヴァにお願いをしたのである。

「うわっ」

「おい、ったく気を付けろよ」

 滑って頭からひっくり返るところだったアリスタをシヴァはさっと受け止めた。手のかかる弟だとぼやきながらもどこか楽しそうである。

「相変わらずおっかないところだな」

 ナミキソウばかり生えた小島に、黒い岩礁に囲まれたぽっかり空いた大きな空洞。その先には星の欠片のような砂が満ち、踏めばそこから暗がりでも足元を照らしている。

 岩礁ばかりではなく見事に彫刻された石細工の柱と壁、祭壇がある。中央は天からの光が注ぐように設計されているのか、自然とそうなったのか、兄弟たちには分からない。

 海水が落ちて跳ねる音だけがする静かなところだ。神殿には神官も女官もいない。無人で誰も手入れには来ていないのがよく分かる。

 波の音がこんなに遠いのは気味が悪い。

「すごーい!」

 初めて訪れたアリスタは興奮して叫び、その声がわんわんと反響する。

 よくもこんなところではしゃげるものだ。

「さっさと置いて帰ろうぜ」

「ああ、分かってる」

 祭壇に死骸を置いて帰る。

 ただそれだけのために来たのが馬鹿らしくなってきた。

「何か踊った方がいいか? それともまじないを唱える?」

 ヴィーシャは赤い腰布をひらひらと指先で

「お前の踊りなんか見たら、海神が怒ってこのまま鎮められるぞ」

「漏らした奴に言われたくないな」

 弟二人がふざけ合ってまた喧嘩をし始めようとしたが、マラーが喉を鳴らしたため二人は兄の怒りを察して殴り合う寸前で手を止めた。

「ここで血を流すような真似をしたらどうなるか、分かってるだろうな。お前たちを海神に捧げるぞ」

 本気で怒らせたマラーがどれだけ恐ろしいか分かっているヴィーシャとシヴァは、両手を上げた。

「だから言っただろ、姉貴の方がいいって」

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かつての祈りはいつかの君へ~海賊の一族~ 白野 大兎(しらのやまと) @kinakoshirakawa

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