マラーの覚醒(4)
そしてあくる日。
エルマとザシャが呼ぶよりも早く、マラーは現場に居合わせた。
今度は二人目の弟のシヴァが問題を起こした。シヴァもまたマラーを悩ませる種の一つであった。ヴィーシャのように短気ではないが、一度狙いを定めた獲物はどこまでも執拗に追いかけて捕らえる。そして後悔するまでなぶるのだ。
真夜中にいつも聞こえる歌が聞こえなかったことに嫌な予感がして、水平線が白む頃に海岸へと向かった。
風が穏やかな夜、海辺のハンモックでぶら下がっては気分がいいと歌を歌うのだが、昨夜はそれが聞こえなかった。つまり、気分が悪い日だったということだ。
その予感は的中した。
シヴァの肩にいつも止まっているミサゴのソーヤが海岸の上空を旋回し、けたたましく鳴いている。
「シヴァ!」
「あん?」
手入れのされていない黒とスカイグレイのぼさぼさの混じり毛。日焼けした頬には血が飛び散っている。それは怪我ではなく、誰かの返り血だとすぐに分かった。
砂浜に造られた流木の吊り具。大魚をさばくために用いる道具なのだが、そこに吊るされていたのは男が二人。満身創痍。体中が青あざだらけで辛うじて意識があるようだ。
シヴァに一晩中殴られていたらしい。どうやって一人で大人の男二人をここまで連れて来たのだ。いや、それよりもどうしてこんなことをしたのだ。
「何があった」
「見て分かるだろ?」
「俺は理由を聞いてるんだ!」
「マラーもやるか?」
一晩中殴り続けていたにも関わらず、傷だらけになった拳で笑いながら殴りつけた。
「そこまでにしろ、シヴァ」
「いいところだったのに、止めんなよ。こいつの鼻を後三回は折ってやるんだ」
振るった拳を止めたマラーにシヴァは舌打ちをした。血に飢えた獣のように、実の兄にさえも噛みつかんとする程の睨み。
「こいつらはアリーを足で蹴り飛ばした。だから歩けないようにしてやろうと思って……。ああ、そうだ。それでも分からないならサメに食わせよう。人食いザメの孤島がいいな! あいつらはきっとあんたたちを気に入るぜ!」
アリスタを足蹴にした腹いせと報復のために、シヴァは念入りに仕返しをしてやったというのだ。
嬉々としてはしゃぐシヴァは、ダンスを踊るようにくるくると回る。
「——っ、シヴァ!」
「……」
俺はシヴァの両肩を掴み、目線を合わせた。シヴァは急につまらなさそうにした。
目の前にいる兄に失望したように目が据わっている。しかしシヴァには繰り返し言わねば伝わらない。
「俺たちはチャービル家だ。ここの民を守る義務がある。どうしてお前はそれが分からないんだ!」
「はあ?」
義務。
そう言われて初めてシヴァの目に深海の炎のような怒りが宿った。
「なら、兄さんは家族がどんなにひどい目にあっても、偉い家だからってなにも反撃しないのかよ! 俺たちが今なんて言われているか知ってるのか! 落ちぶれた海賊、出来損ない! 母さんがいなくなったら、俺たちがどういう扱いを受けると思ってるんだ!」
「だからといって、こんな仕打ちはむごすぎる。アリスタも怪我はなかったんだろ?」
「今日はそうでも、明日は分からない! あそこに吊るされているのが、自分の弟になる日が来るかもしれないだぞ!」
「こうやって恨みを買うから皆従わないだ! 暴力に対して暴力で返せば——」
「親でもないくせに、指図すんなよ!」
シヴァは兄の手を振り払い、「あんたにはがっかりだ」と吐き捨て立ち去った。
父がいないこの海賊の町は母の威光だけでは守れない程の無法地帯になっていた。
そして、弟たちは皆何もせずやり過ごす兄に失望していた。
——どうすればいい?
拳の力が抜けてマラーは目を閉じた。
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