<4th・Augusta>

 これ以外に方法はない。そうしなければ、伝統あるバートン一族が滅んでしまうことになりかねない。そうだ、事態が露見するリスクがないというのならば、まず一人――一人だけ生贄に捧げて様子を見てもいいではないか。一ヶ月という国王に提示された期限を一先ずくぐりぬけることができれば、次のタイムリミットまでにもっとまともな方法が見つかるかもしれないのだから――。

 自分を誤魔化し、言い訳する方法などいくらでもあった。一見すると大人に見えるローランドが、堂々と準備を進め、何も間違ったことはしていないのだと言い聞かせてくるから余計にそう思えたのかもしれない。

 女性の両手両足を大きく開いた状態でがっちりとロープで固定し、彼女のドレスの長いスカートが機会に巻き込まれないように布を半分ほどの長さまで大きく切り。あとは彼女の肩と腿の肉に切り込みを入れて機械にスイッチを入れるだけ――まさにそうなった時だった。


「う、ううん……」


 ぐっすり眠っているように見えた女性が、目を覚ましてしまったのである。ああ、とアラステアは思った。眠ったままでいてほしかった。そうすれば、余計な苦痛など感じずに済んだかもしれないというのに。自分も自分で楽に、罪悪感も少なくことを終えられたかもしれないのに。


「こ、ここは?……あ、貴方達は一体……わ、わたくしは、なぜ……」


 彼女はアラステアとローランドの姿を見、己が拘束されていることに気づいて一気にパニックになった。煌びやかなドレスといい、喋り方といい、どうやら高貴な身分の人間であるのは間違いないらしい。しかも、彼女ははっきりとアス語を喋っていた。この国の人間、あるいはこの国を母国とし今は海外に住んでいる人間のどちらかということである。本当に、このようなことをして足はつかないのかと一瞬不安になる。

 しかし、それを吹き飛ばしたのはローランドだった。


「残念ですが、お嬢さん。貴女が此処にいることは誰も知りませんし、誰も此処へ助けに来ることはできません。どうか諦めて、貴いお役目を受け入れてください」


 彼は一切、嘘をついているようには見えない。余裕綽々とした態度を崩さず、己が間違っていることをしているなどと微塵も思っていない様子である。

 それを見て、アラステアは思った。ああ、そうだ、やっぱり自分は間違っていないと。目を覚ましてしまったことは残念だが、このままやり抜くのが正義であると。


「い、生贄って!どういうこと!?どういうことですの、ねえ!?これを外してくださいな、わたくし、これから大事なパーティがありますの……早く戻らないといけないのに!こんな所にいる場合じゃ……」

「煩いなあ」


 こんな時に、パーティの心配なのか。こちらは一族の存亡がかかっているのに。本気で悩んで、仕方なくこのような儀式に手を出そうとしているというのに。

 そう思ったら無性に腹が立って、アラステアは斧を手に取った。そしてその背の部分で、思い切り女性の頭を殴り飛ばしたのである。

 元々手足を固定され、暴れたところで身動き一つ取れない彼女である。首が大きく跳ねるほど強く殴られ、甲高く悲鳴を上げることとなった。


「や、いやあ!何するの!痛い、痛いわ!」

「静かにしないのがいけないんじゃないか。こっちは一族のためにいやいやこんなことしてるのに、君はくだらないパーティのことばかり気にして……!どうせ逃げられやしないんだから、おとなしくしておいてよ」

「そんな、無茶苦茶なっ」

「もう一度殴られたいの?今度は目を潰してあげてもいいんだけど」

「ひっ」


 こうして話していると、段々この女性が“殺されても仕方のない愚者”に思えてきてしまう。こっちの気持ちも知らないで、くだらないことばかり気にして、保身ばかり無意味に喚くばかり。きっと彼女自身が、生きていても役に立たないゴミのような人間に違いない。身勝手な思考だと分かっていたが、アラステアは抗うことなくその考えに身を委ねた。罪もない女性を惨殺しようとしていると思うより、その方がよほど気が楽であったからだ。

 暴れる彼女の身体を押さえつけると、まずは右肩に狙いを定めた。機械を回したところで、きちんと肉に切れ込みが入っていないと人体はそう簡単に千切れない。ましてや今回は、綺麗に四つに寸断しなければならないのだ。二本の腕と足、全部がきちんと千切れるように切れ込みをしっかり入れておかなければ。


「はあっ!」


 斧を、彼女の肩めがけて勢いよく振り下ろした。十三歳という年齢を鑑みても小柄なアラステアは、同年代の少年たちよりも腕力がない。自分の力では、一気に斧を振り下ろしたところで人の肩を寸断することなどできないと分かっていた。

 案の定、斧は肉にずぶりと沈み込んだものの、勢いはあっさりと関節、骨のあたりで止まることになる。そのまま斧の刃を引き抜くと、勢いよく血が吹き出すこととなった。ぱっくりと見える傷口が実に生々しい。


「ぎゃあああああああああ!痛い、痛い痛い痛い痛い痛い!」


 ああ、黙っていろと言ったのに。女は激痛に泣き叫び、実に喧しい。こちらの鼓膜が破れてしまいそうだ。


――しかし、この勢いで血が出るとなると、出血死までそう遠くなさそうだ。この儀式は、死んでしまう前に手足を引き裂かないといけない。急がないと。


 一度刃を振り下ろす感触を覚えてしまえば、躊躇いや罪悪感も薄れるというものだ。アラステアは次に彼女の左肩に刃を食い込ませ、ぱっくりと肉を裂くと、そのまま両手両足に取り掛かった。

 艶かしい女性のドレスをまくりあげ、下着も顕にするのは別の意味でどきりとしたが。次の瞬間、ほんの少しだけ抱いた思春期のわくわくとした気持ちはあっさりと薄れることになるのである。

 彼女は激痛で、失禁していた。それも小さい方も大きい方も関係なく。下着は排泄物で酷く汚れ、とてもつもない悪臭を放っていたのである。こんな足を切らなくてはいけないなんて、と酷い嫌悪感を抱いた。いい年をした大人がお漏らしをするなんて、なんと情けないことだろう。妙齢の女性の下半身を見るという高揚した気持ちはあっさりと絞み、裏返って憎しみに近い感情に変わる。

 その足の腿に刃を食い込ませ、血まみれにすることにもはや躊躇いはなかった。


「ひぐうううううううううううううう!たす、だすげ、でっ……!」


 彼女はもはや千切れかけている両手両足を暴れさせることもできず、ぶくぶくと泡を吹き、白目を向いている。

 あまりの苦しみと出血に全身ががくがくと痙攣し、その吐瀉物にまみれた唇がわなわな震えて言葉を紡いでいた。


「どう、して。……どうして、……魔術師の、娘の、私がこんな目に……たすけ、助けてお父様、助け、あ……」


 もはやうわ言のようなその言葉を、まともに聞き取ることはできない。さっさと楽にしてあげようと、アラステアは台座を降りて機械の操作盤の前に立った。いよいよですね、と笑みを浮かべるローランド。そうだ、これでやっと、望んだものが手に入るのである。


「スイッチ、オン!」


 ウイイイイイン、と機械が作動する音。両手両足のロープが巻き取られていく音。大きくなる、彼女の断末魔。


「や、やあ、ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」


 骨が外れる重たい音と、ぶちぶちと筋繊維が千切れる音、そして大量の血飛沫。

 その光景を、アラステアは心底満足した気持ちで見つめていたのである。




 ***




 初代バートン家当主の禁術に、間違いはなかったようだ。手に入ったのは58キロものミライダイト鉱石。まずはそれを、入手方法は内緒にした上で父に渡し、彼から国王陛下に供出させたのだった。国王は、一気に手に入った多くのミライダイト鉱石に大層驚き、喜び、今後の報酬をアップすることとさらなる躍進を期待する言葉とともに父のことを褒め称えたのである。

 恐らく、父も薄々気づいていたのだろう。息子が、地下書庫の禁術に手を染めたであろうということに。

 それでもかつてのようにアラステアを責めるということをしなかったのは、ひとえに己の不甲斐なさに心を病むほど追い詰められていたからに他ならないだろう。彼は己の良心よりも、この伝統ある家を守り続ける名誉の方を選んだというわけだ。


――なんと、父上は臆病なことか!


 父は、どのようにしてミライダイト鉱石の錬成に成功したか、そのやり方を息子に聞かなかった。その方法を知ってしまう恐れと、共犯者になる責任を負う勇気がなかったのだろうと思われる。大層そんな彼に失望したものの、全く予想していなかったことではないので驚かなかった。まさにこの瞬間、自分こそがこの家の影の当主になったも同然だと分かっていたからである。

 国王陛下からさらなる依頼が来るたび、息子にミライダイト鉱石の錬成を頼みこみに来る父。その代わり、父はもうアラステアの“ちょっとした”お願いを全く断らなくなっていた。息子の機嫌を害してしまったら、己の錬金術師としての地位がおしまいになってしまうことがわかっていたからだろう。なんせ、陛下に供出するミライダイト鉱石を錬成する方法を知っているのは、息子だけなのだから。

 十三歳までずっと、毎日勤勉に錬金術師としての勉学を重ね、他の貴族たちからも教師たちからも信頼の厚かったアラステアは変わっていった。欲しいものは、父が頼めばなんでも手に入れてくれる。勉強をサボっても、もう父からお叱りの言葉が飛んでくる心配はない。使用人に、友人。こいつは嫌いだ、とアラステアが言った人間は次々首になり、あるいは遠ざけられた。現当主たる父への切り札を握ったアラステアは、まさに無敵の王様となったのである。


――ははは、なんて楽なんだ!僕はただ、地下で生贄を使って錬成を続けるだけでいい!それだけで、欲しいものは全部手に入る。面倒な勉強も、研究も、何一つしなくていいんだ!


 一人だけで済ませよう――最初はそう思っていたはずだったのに、そんな考えはあっさりと吹き飛んでしまった。

 恰幅の良い男性。

 可愛らしいリボンをつけた少女。

 まだ産まれて一年にもなっていない男の赤ん坊。

 精悍な顔立ちの青年に、既に腰が曲がった老婆。

 何故だか皆身なりの良い人間ばかりであるのが気になったが、アラステアは次から次へと生贄を召喚して儀式を行い、大量のミライダイト鉱石を手にすることでバートン家に莫大な富を齎すようになっていった。父が病死し、若くしてバートン家を継いでからはまさに栄華の極みである。この世界に、怖いものなど何一つない。成人する頃にはアラステアは、まさにそう感じるほど己と一族の繁栄に酔いしれていたのである。

 そう、ゆえに。多くの罪と、血と、肉塊で己の手を汚しすぎたゆえに――気づかなかったのだ。


「あ、アラステア様。初めまして」


 アラステア、二十二歳。

 その年に出会ったとある貴族であり魔術師の娘とお見合いをし、恋に落ちることになった時。


「……ああ、こんにちはオーガスタ。驚いた。君のように美しい女性は、初めて見たよ」


 わからなかったのである。

 彼女の顔が、遠い昔に見た人物とそっくり同じであるということに。

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