青の世界

強く閉ざした瞳に色を戻す。



赤くて青い外の景色がいつの間にか消えて無くなっていた。


僕の周りの人間が、あの本のように白紙になった。

さっきまで苦笑いを浮かべていた清楚な女も、僕の知り合いだと思われる男も、みんな。


怖い。

恐ろしい。


僕のナカが恐怖に犯される。

身震いが止まらない。


さっきから動かない自分の体をゆっくり…少しずつ、だんだん早く…自動ドアへ向かって動かしていく。

目の前に来ても開かないドアに怒りが湧いて、少し乱暴に開ける。


外に出ると、一面、見たことのない景色に包まれていた。

僕は怖くなって、逃げ出したくなった。でも、もう後ろを振り返っても遅かったらしい。

既に、あの本屋は塵一つ残さず消え去っていた。


───青の世界。


…なんだ?

青の世界?


頭に流れてきた声に少し動揺する。


───左に行け。


そう言われ、何も考えずその言葉に従う。左に歩き続けると大きな信号が赤のまま固まっているのが見えた。


砂や瓦礫がれき破片はへんに風が当たる、そんな音しかしない空間の中に声が聞こえた。

ちょっと低めの、何処かで聞いたことがあるような声。


「…どうしてここに居るの?」


女の位置を確認しようと首を少し動かす。


「上。」


そう聞こえて上を見ると、あの大きな信号に女は座っていた。退屈そうに、足をブラブラさせながら。

どうやって登ったのか不思議で仕方ない。


女の背景には、廃墟はいきょや、もう使っていなさそうな、そんな建物が見えた。

全体的に青白いこの世界が眩しくて、少し目を瞑る。


「……なんでここにいるのかなんて、僕にも分からない。」

「…そうなの。」


女は興味の無さそうな声でそう呟く。


「君はだれ?」


僕が問うと、女はチラッとこっちを見て言った。


「…クロエ。」


不思議と聞いたことのあるような名前に感じた。


「ここは何?僕がいたところと全然違う。」

「あなたのいたところは何?」


分からない。


女の問いに僕は、答えることができなかった。

思い出せない。僕のいたところが何なのか。そもそも、そんなもの存在するのか。


「……分からない。」

「知ってる。」


返ってきた言葉を聞いて僕はまた、動揺する。


「なんで?君は一体…。」


ゆっくり女は口を開いた。


「あたしはこの世界が何なのか知っている。なんでここにいるのかも。」


ふざけた様に足をブラブラさせ、気だるげな顔を空に向けながら言う女の言葉を完全に信じられるか、と言ったら現状の僕には無理だった。


「教えて。君が知ってる全てを、教えて…!」


なのにスラリと出てきた言葉。

いきなり感情的になったのに少し驚いたのか、女は気だるげな顔を一瞬強ばらせた。


今思うと、今日初めて感情が出た気がする。今日という日付感覚があっているのかすら分からないが……。

微々たる感情しか無かった僕は、今のこの感情をどう説明したらいいか分からない。


——運命には逆らえない。


頭に響いた声に驚く暇もなく、激しい頭痛を感じた。

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