青い世界は僕と君の

序章:心臓

目が覚めると、どこか分からない本屋にいた。



視界に広がるのは棚に並べられた沢山の本と、わずかにいる客、そして定員と思われる男と女。

棚の本は売れたのか、抜けている箇所が少しあって本が斜めっている。



妙に現実味のある夢だ。



そう思ったけど、実際には夢なのか分からない。

でも、ここがどこか分からないのに現実なわけはないだろう。


僕は取り敢えず、自分から一番近い棚に近づいた。

その棚のところには誰もいなくて、心做こころなしか他のところより暗い気がした。


目の前にあった一冊の本を取り出して表紙の一ページだけ捲ると、何も書かれていない真っ白なページ。

その後は何ページ捲っても白紙だった。


何これ……。

そう思ったら女の声がした。


「それ、凄く面白いですよね」


僕に話しかけているんだろうか…。


「何が書いてあるのかよく分からない」


そう返すと女は苦笑いをした。

亜麻色あまいろの長い髪を低いポニーテールにしていてその毛先が僅かに揺れる。

前髪は綺麗に切り揃えてあって、清楚なイメージを抱く。


「そうですか?この前、同じ台詞をあそこに居る男性にも言われました」


少し悲しそうに言う女を他所に、視線をその男に向ける。

確かに、そんなことを言いそうな顔をしている。

見ていたのに気づいたのか、男は此方こちらに歩み寄ってきた。

女はそれに気づいて少し嫌な顔をした。


「ちょうどミシェルの話をしてたの」


さっきと同じ笑顔を男に向けて言葉を発した。


「この本面白いよねって言った時、貴方、何が書いてあるか分からないって言ったでしょう?この人も同じことを言ったから…。それで貴方の話が」

「確かにその本は何が書いてあるのか分からないよな」


男はそう言った。

そして、その後に言った言葉に僕は驚きを隠せなかった。



「てか、ここで何してんの?ニコラ」



ニコラ……?

…知らない。

僕に言っているのか?

…いや、この際、誰に言ってるかなんてもうどうでもいい。


それよりも……





やっぱりこれは夢か。


問いかけに答えることなく背後を振り返り、自動ドア越しに外の景色を見る。


時刻は午後四時ちょっと前。


それを確認した瞬間、時計がいきなり思いもよらないスピードで回り始める。

外は赤やオレンジに見える反面、青や水色にも見える。



あぁ、良かった…。



僕の目は涙を流した。

何がのか、自分でも分からない。

何故涙を流しているのかも分からない。

でも、とめどなく溢れてくる涙を、僕は抑えられなかった。


「ちょ、え、お前どうした?」

「大丈夫?!どこか痛いの?!」


心配の声を他所に、僕はただ、外を見続ける。


「と、取り敢えず、ティッシュ持ってくるね!」


そう言って、受付の方に戻ろうと体を向ける女を引き留めるように、僕は言葉を発した。



「心臓が、痛い…」 



言葉が重かった。

重くて、響く音だった。

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