Umiくらし 2-宮本町

Nono The Great

第2話

特に必要でもなかったノートパソコンとタブレットは、結局触りもせずに夜を過ごしてしまい、まさに宝の持ち腐れ状態だ。家出を決めたなら、荷物は少なく現金をたくさん持つことが理想的だ。しかし、突発的な家出になると持ち物はイレギュラーな物になってしまう。私はYAMAHAと書かれた紅色のケースに入れられたピアニカと借りっぱなしの本を数冊バックパックに入れて家を出たのだ。さぁ、それらを持って、どうしようではなく、とっとと出かけよう。おっと、ここでは出入りの際、カードが必要で、紛失すると宿代より高い金額を請求されてしまう。上手に何でも失くす私には肝に命じておかなければならない大切なルールである。


空は空けて間もない時間だが、まだ泣いていなかった。いや、海に近い町ではこんなに高いビルが立ち並んでいても、トンビが泣くのだ。ひゅるるる~、ひゅるる~.......なにかどこかに忘れ物をしてきたたような気にさせる鳴き声が聞こえた。


こんなときにだって、おなかは減る。そこの角を曲がった古びた食堂へ入ろう。どうせ美味い朝食など望んでいない。でも、店の看板に書いてあったおばあちゃんがいつも作ってくれた【茶粥】の文字が私の心を動かしたのだ。


寒い朝、小学校に行く前は必ず部屋を煮炊き物の湯気で暖めてくれていた。おばあちゃんは私が最後の言葉で起きるまで、寝起きの悪い私をゆっくり何度も起こし、そして、「今日は茶粥にさつまいもが入ってるよ。」と教えてくれた。

あの、お茶のメローイエローとさつまいもの皮のワインレッドが織り成すあまーいハーモニーが嫌な学校生活の日々を忘れさせてくれる私の大好きな朝食だった。


店のエントランスはガタガタと鳴る、具合の悪いレールに取り付けられたスライドドアで、頭上には、青色のところどころ茶色いシミのついている生地に、白色で縁取った食堂の名前の入った暖簾が掛かっていた。足の具合の悪いおじいさんと、でっぷりした体型のおばあちゃんの二人が、店を切り盛りしている。「おはようございます。」と暖簾をかき分けて入ったその店は、カウンターの席が6,7席あるくらいの小さな店だった。壁のいたるところにメニューが貼られていて、一番大きく【茶粥朝定食】と書かれたメニューを見ながら、私は、注文した。「熱いの?冷たいの?」とおばあさんに聞かれて、私は迷ったが、その日は朝からムシムシしていたので、「冷たいので。」といったのを後から後悔したのだ。


出てきた定食は、私が思い浮かべていたあのメローイエローでもワインレッドでもない、冷蔵庫で目一杯冷やされた、茶色オンリーのお粥らしき米を炊いたものが、ワンワンの餌用のような両手にハンドルのついた、ところどころ凹んで、黒ずんでいるお鍋に入れられて出てきた。店の中をよく見ると、ハエが1匹ではなく2匹飛んでいる。隣に座っている2人の客は朝の9時から、大ビンのビール2本もカラにしていて、あとから来た新規の男の客も中華そばと大ビンを注文した。さらに白い卵焼きと、明らかに老夫婦の昨日の晩御飯の残り物のおかずがついた【茶粥朝定食】に笑いながら、膨大なお金を払って店を出た。


そして、そのことをカオリーナにFacebookメッセンジャーで伝えたら、「そりゃ多分、番茶で炊いてるのだよ。」と教えてくれた。そして、「じゃ、今度芋粥をつくってあげるね。」と今欲しかった、優しいmessageが返ってきた。忘れないうちに早く会って私が食べたとんでもない茶粥の絵をかいて説明しようと思いながら、トンビの泣く空を見上げた。

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