第二話:戻ノ行方

「いいよ、聞いてあげる。十秒ね。」

「十秒かよっ!」

「一」

「戻だよ、戻!!遊郭にいるんだよ!」


一瞬、高嶺が何を言っているのか理解が出来なかった。

僕は手にしていた箸と椀を驚きのあまり落とした。


「……どこに?」


心臓も震えているんじゃないかと錯覚するくらいの興奮で、身体全身が震える。

僕は震えを抑えながらそう言った。


「え、お前の見世みせに入った新しい子だよ。知り合いが着物の仕入れで行った時に見たらしくて、めっちゃ美人だって言ってたんだ。」


僕の見世に新入り?

どういうことだ。そんな話、僕は知らない。


「だから俺も見に行ったらさ、だ見世には出てなかったんだけど、碧の知り合いだからって特別に見せてくれて!もうこの世のものとは思えないくらい綺麗な顔してんの!まだ戻っていう確証は無いんだけど、なんか碧に聞かされてた特徴に当てはまるっつーか...目が合った時、合ってるはずなのに合ってない気がして、人形みたいに綺麗なのにめっちゃ怖かったんだ。」


怖い、という恐怖心を抱いたのは確かに気になる。いくら美人でも怖いと思うことなんてこいつは無いだろうし、そんな物語のような事が有り得るはずはない。

一方、人間と比べて戻は瞳孔が無いと聞くし、それだったらこいつが言ってることも納得がいく。


僕は確証がないと聞き一度肩を落としたものの、恐怖を感じたという高嶺の発言に再び希望を抱いた。


「分かった、僕も一緒に行って確かめよう。見世は朔間さくまか?」

「あぁ!!」


朔間は僕が経営している中で一番の妓楼ぎろうだ。そこに売りに来るいうことはそれぐらい上玉だということだろう。ましてや朝霧あさぎりが僕に何も言わずに買ったくらいだし。


僕は身を震わせながら、もし本当に戻だったらどうしようかと考えた。はたして僕は"戻"を目の前にして冷静に対話できるのだろうか。


「ばあや、朔間から手紙来てない?」

「私の記憶だと約一週間程前に一通届き、その日のうちにお渡ししたはずです。」

「そうか、僕部屋に急用を思い出したからちょっと失礼するね。」


そう二人に告げて、僕は自室へ走り出した。

後ろからばあやと高嶺の声がするが、今はそんなことはどうでもよかった。

僕は扉が外れるのではと思うほどいきよいよく開け、棚へ急いだ。そして入っている手紙全てを乱雑に取り出し目当てを探す。

朔間からの手紙は全て桃色の和紙を使っているのでどれか分かりやすい。そのためか、直ぐに目当ての手紙を見つけることが出来た。


「旦那様、走ってはお体に障ります!倒れでもしたら私、もう腹を切るしかありません!!」

「…ごめんねばあや。お願いだからお腹は切らないで。」

「碧!もーいきなり走んなって!倒れたらどうすんだよ?!」

「大丈夫、倒れてないから。」

「倒れたら、だよ!もしもの話!…で、手紙あった?」

「あぁ。ばあや、今すぐ朔間に行くから準備して。駕籠もお願い。」

「かしこまりました。」


僕の手は震え続けていた。

手だけじゃない。声も、全身が震えている。

僕は今の自分の感情を表現出来る言葉を知らない。僕の語彙では説明できない。それほどまでに興奮していた。

目の焦点が合わない、呼吸が浅い、汗が止まらない。


突然、僕の視界は暗闇に落ちた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ほたるの瞳は運命の色 @HotARug_rat0808

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ