序章 第一話:須王高嶺トイウ男
チリンチリン、と小さな鈴の音が聞こえる。
それに続くように段々と、複数の足音や声、金属音が響く。
震える意識を必死につなぎとめて目を開けると、視界いっぱいに広がったのは
死んだ人間の魂を自らに呼び戻す、人間と何かの血を引く「
「戻」の共通点である、その
政府や将軍はそれを
時刻は丑三つ時。
二人はそれぞれの想いを胸の内に秘め、同じ空を見上げる。
大きな屋敷の一室に男はいた。
左手には筆を握り、机には何やら少しよれた書き物が散乱している。
男の綺麗な長い銀髪は、外から漏れた月明かりに照らされキラキラと宝石のように輝く。
「もう寝るか…。」
男はそう小さく呟き、軽く目を瞑った。
そうしてまた目を開き、墨が垂れないように筆を置く。
散乱していた書き物も一つにまとめ、棚の中によれないよう丁寧に仕舞う。
男は今にも閉じそうな瞼を何とか開き、自らを布団へ運んだ。
そして片手を窓から差す月の光にかざす。
「戻、僕はいつ会えるんだろう…。」
意識が闇に落ちた。
朝八時頃、それは訪れた。
「碧〜いつまで食べてんだよ。早く行こうぜ、昼見世!」
この男、
こうして何かあるとすぐ屋敷へ会いに来る。
先週も女に振られただ、浮気されただと言って勝手に来て泣きじゃくり、泣き疲れたとか言って勝手に泊まっていった。
かなり図々しい奴ではあるが、顔は無駄に整っているため会いに来る理由の八割は先程のような女関係。
今まで何回振られて、何回浮気されたか……最初のうちは
きっとこいつは死ぬまでに千を超える女に振られ、浮気される運命なんだ。
「ばあや、なんで高嶺を屋敷に入れたんだ?入れるなと言っただろう。」
「そんなこと言ったの?!ひどーい高嶺泣く!!」
「黙れ。」
この会話で既に察していると思うが、こいつは図々しいだけでなく、とてつもなくうざい。
「一応、旦那様のご友人ですので。」
「一応って?!」
そして、とてつもなくうるさい。
「二回ほど遠慮して頂きたいと申したのですが、それを聞かずに入られました。」
「ばあや警備呼んで。」
誰だよこいつに朝食用意したの。
「おいおい、それはやりすぎだって!!取り敢えず話を聞けよ!」
「いや、まずお前がばあやの話を聞けよ。」
「確かに。…で、でもでも、この話聞いたら碧ぜーったい喜ぶぜ?」
自信に満ち溢れた顔をする高嶺を前に、僕は大きなため息を吐くことしか出来なかった。
果たして、僕はその台詞を過去に何度聞いただろうか。
そしてその内の何度、実際に喜べただろう。
こいつが浮気された回数と振られた回数、少なくとも百二十は記憶しているが、そんな僕の記憶力をもってしても、過去に一度もそんなことは無かったはずだ。
正直、ここまでくると期待値は一を通り越して負の域になる。
しかし、このままにしておけば僕の大切な一日が高嶺のせいで潰れることは火を見るより明らか。
それに僕にも
何度目か分からない、高嶺の良い話。
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