第6話 騎士と、灰色との始まり
「それは違うぞ。俺は裏切られていない」
「……は?」
ルークの右手が、グレイの右足首を掴む。
「誰だって、痛いのも血生臭いのも嫌だ。子どもに見せたくないと思って、当たり前だ」
ルークは、掴んだ足を退けようと力を込める。
「それにこれは、俺が選んで、俺が受けた傷だ」
あえて責めるのなら、身を挺してでなければ守れなかった、己の弱さだ。
ルークは掴んだグレイの足を押し返しながら、左腕と腹に力を入れ上体を起こす。
グレイの体が、少しだけ揺れた。
「誰が何と言おうと、お前が馬鹿にしようと、民を守って受けた傷を、俺は誇りに思う……!」
「……だっさ」
グレイの右足が、ルークの左頬を蹴り飛ばす。
「弱い癖に粋がってて、つまらない」
ぽつりと、真顔でグレイが零す。
「帰る」
グレイがふわりと音もなく、宙へと浮かび上がろうとする。
「待て」
ルークが慌てて、グレイの足を掴んで止めた。
「なに、まだやろうって……」
「お前、騎士団に入らないか!?」
*
「はい?」
団員たちから、疑問と非難を混ぜたような声が上がった。
「あはは、やっぱおかしいか」
ルークは、何故か照れたように笑った。
まったく照れるところじゃないでしょう、と団員たちは心の中で突っ込む。
口に出す者は一人も居なかったが。
「王にも王子にも、グレイ本人にも呆れられたよ」
*
「は?」
「こんなに強いんだ。是非騎士団に入って、その力を存分に使ってほしい」
「何言ってんの」
「腕の立つ強いヤツを探していたんだ」
「おい、人の話を聞けよ」
「入団には王の承認が必要だから、今から謁見の申し込みを……」
「僕に何されたか、一瞬で忘れたポンコツな頭はこれかな?」
「いた、いたたたたたっ」
「さっきの話、もう忘れちゃったの?」
グレイは、溜息を零す。
「雑魚どもが言ってたでしょ。国を滅ぼした魔法使いって」
グレイが、「あれ、本当だよ」と口端を上げた。
「僕は千年前に国を滅ぼした、悪い魔法使いなんだ」
それでもお前は、僕を王様に会わせられる?
そう目を細めるグレイに、ルークは少しだけ考え込む。
「……でもお前は、俺を殺さなかった」
それをやれるだけの力があるのに、だ。
「だから俺は、お前と協力し合えるって信じるよ」
グレイは、きょとんと目を丸くした。
「……こいつ、馬鹿だ」
「ははっ、じゃあ俺は馬鹿だから、賢いお前の協力が必要だ。これならどうだ?」
「お前に協力して、僕に何のメリットがあるわけ」
うーん、とルークが唸る。
「報奨金」
「いらない」
「名誉」
「最悪」
「宝石」
「好きじゃない」
ルークが思い付いたものは全て、にべもなく切り捨てられていく。
ルークは、何かヒントになるものはないかと周囲を見回す。
その時、たまたまとある看板が目に入った。
「……スイーツ」
「……」
やはり駄目か、とルークが肩を落とす。
しかし、グレイの返事は意外なものだった。
「いいよ」
「え」
ルークが、顔を上げる。
グレイは何でもなさそうな顔をして、続ける。
「この国中のスイーツ、食べさせてくれるなら、協力してやってもいい」
「ほ、本当か……!」
ルークは思わず、グレイの両肩を掴んだ。
「ありがとう、好きなだけスイーツを食わせてやるからな!」
「へぇ、そう」
にやり、とグレイが笑った。
「それじゃあ、これからよろしくね、騎士様」
*
「はい?」
再び、素っ頓狂な声が団員たちから上がった。
「スイーツ、ですか?」
「ああ、スイーツだ」
ルークが頷く。
「メルム討伐の協力がスイーツ……」
「ああ、それで毎日2人でカフェ巡りをしたり……」
「お土産に甘いものを買って来たり……」
「……俺のお菓子が食べられたり」
いや、最後のそれは別の理由も混ざってると思うぞ。
ルークは心の中で突っ込んだ。
甘いものも好きだが、悪さも大好きな魔法使いの顔を浮かべる。
グレイの悪戯とお菓子横取りの被害にあっている者は、少なくない。
いくらルークが「ちゃんと買ってやるから」と諫めても、グレイはやめる気はなさそうだ。
「それで承諾するグレイさんも驚きですけど」
団員が、ルークを不思議そうな顔で見る。
「団長はなんで、そこまでしたんですか?」
「なんで、か……」
ルークもそう聞かれるとうまく答えられない。
直感としか、言いようがなかった。
でも。
「絶対にグレイが必要だと、思ったんだ」
メルムとの戦いは、何千年と続いている。
しかしここ数年になって、その凶暴さが増しているのだ。
メルムとどうやって戦っていくか。
それは当時、騎士団の課題であった。
グレイという戦力を引き入れること。
悔しくも自分を打ち負かせるあの強さを、味方につけること。
それが最適解だと、当時のルークは判断したのだ。
「俺は、その選択は間違っていなかったと思っているよ」
そんな思い出話をしていたら、王城と騎士団区の分かれ道に来ていた。
「それじゃあ、また後でな」
そう言ってルークは、王城へと足を向けた。
*
「戻ったぞー」
ルークが対メルム特殊部隊本部室の扉を開けた。
「あ、隊長いいところに」
隊員の一人が、ルークに駆け寄ってくる。
「調査依頼が来ていますよ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます