第4話 騎士と、東部領自警団
「へぇ、面白いことを言うね」
グレイは向けられた殺意に動じることなく、くすくすと笑う。
「待て、待ってくれ」
まずは話をしようとするルークの肩を押しのけて、グレイが前に出る。
東部領自警団の警戒が一層強まって、武器を握る手に力が入っていた。
「あの程度のメルムに手こずるお前たちが、この僕を倒せると思ってるんだ」
「東部領に被害が起きてからでは遅い。魔法だかなんだ知らんが、お前が死ぬまで戦うのみ!」
「できるものならやってみなよ」
グレイの挑発を合図に、自警団の槍部隊がドッとグレイに押し寄せる。
にやにやと笑ったまま立っていたグレイだが、槍が体に届く寸前でパッと姿を消した。
「残念でした」
グレイの声が空から降ってくる。
灰色の髪と外套を靡かせて、グレイは宙を浮く。
「もっと頭使って戦えないの? 兵士がこんなんじゃ東部領の領主も頭が痛いね。それとも、領主も脳みそ入ってないのかな」
「領主様を悪く言うな!」
自警団の連中が槍を空に向かって振るが、踊るようにひらりひらりと動くグレイには掠りもしない。
「あははっ、馬鹿ばっかり。仕方がないから教えてあげるよ」
グレイが右人差し指を、天に掲げる。
「攻撃ってどうやるのかをさ。フォルレモーラ」
グレイが呪文を唱えると、グレイを囲むように無数の氷柱が現れる。
鋭く尖った先端は、東部領自警団に向けられていた。
グレイは天に掲げていた腕を、勢いよく自警団に向かって振り下ろす。
無数の氷柱はグレイの指差す方向、自警団に向かって降り注いだ。
「うわああああっ」
「ぐっ」
「いっ、うぐっ」
無数に降りしきる氷柱は、尖った先端で自警団の面々に切り傷を与えていく。
「くっ、怯むな……弓部隊!」
指揮官らしき男に指示を出された弓部隊は、全身の切り傷に耐えながら弓を構える。
氷柱の雨はもう止んでいた。
チャンスだとばかりに、弓部隊が一斉に矢を射る。
しかし、それらがグレイに届くことはなかった。
射られた矢は、グレイの前でピタリと動きを止める。
「お返し」
グレイが腕を横に振るうと、矢は反転しそれを射た人のもとへと勢いよく飛んでいく。
「ぐわっ」
「っ、くそ」
何人かの肩や腕に矢が刺さった。
ギリギリで避けるも頬に傷を負った者、氷柱で出来た傷を更に抉られた者もいる。
「卑怯者め、降りてこい!」
「知らないよ。君が空を飛べばいいじゃない。飛べるものならね」
東部領自警団の面々が、歯嚙みする。
そんな中、誰かが呟いた。
「化け物が……」
小さなその声は、しかしグレイの耳に届いた。
「いま、なんていった」
ぼっと、草がいきなり発火する。
「ひっ」
偶然近くにいた兵士が、立ち上る炎から慌てて逃げる。
地面に降り立ったグレイが、自警団へと足を進めた。
「誰、出てこいよ。僕を化け物呼ばわりしたヤツ」
あちらこちらで、炎が燃え上がる。
「ひ、ひぇぇええええっ」
「う、うわあっ、くそ、消えろよっ!」
逃げ惑う者、服に引火して必死に消そうとする者。
「くそっ、怪しげな術使い風情が……!」
懸命に己を奮い立たせて、剣を構える者。
「最初に死にたいのは、お前?」
グレイの赤い瞳が、剣を構えた男を捉えた。
「う、うおおおおおおっ!」
剣が、グレイに向かって振り下ろされる。
しかし、それはグレイの意図しない形で止められた。
ルークが、剣で受け止めたのだ。
受け止めた剣を弾き返したルークは、己の剣を下げ大きく息を吸った。
「双方、矛を収めろ!」
ルークの気迫に、東部領自警団の面々は武器を下ろして静まり返る。
グレイは舌打ちをして、炎を消した。
「いいところだったのに邪魔するなよ。お前から殺すよ」
「王都騎士団長殿、噂が真実ならそいつは危険です。いつ国に仇為すかわかりません」
前後から同時に届いた声に、ルークは肩を竦める。
「確かに、こいつは嫌なヤツだ」
「おい」
グレイが眉尻を上げて、ルークに背後から掴みかかろうとする。
「だが」
続けられたルークの言葉に、グレイはその手を止めた。
「こいつだって眠るし、食事もする。まあ、甘いものしか食べないが……」
そういってルークは苦笑いする。
「こう見えて動物に優しいところがあるし、頼めば文句を言いながら協力してくれる……こともある」
協力の対価にすごい量の甘いものを要求されるし、無茶振りをされたこともあったが黙っておこう。
「椅子で寝ていて転げ落ちたこともあるし、器用にも何もないとこで転びかけたこともある」
「ちょっと」
グレイが不機嫌な声を上げるが、ルークは話すのを止めない。
「確かにこいつは、俺たちにはないものを持っている。よくない噂もある」
「噂じゃない。全部本当のことだよ」
古くから伝わるおとぎ話。
千年前、国を一つ滅ぼしたという悪い魔法使い。
災いを国にもたらす、衰亡の魔法使い。
それが、グレイに付きまとう噂だ。
グレイ本人は、それは本当のことだと何度も繰り返し言う。
それが事実かなんて、ルークにはわからない。
グレイの言葉を信じていないということではない。
「でもこいつは、笑ったり怒ったり、悲しんだり。そうやって、毎日を過ごしている」
ルークは行動を共にしてきたその男のことしか、わからない。
「俺たちとそう変わりない毎日を、過ごしているよ」
ルークにとってのグレイは、意地悪で、お菓子が好きで。
そして魔法というこいつだけの特技を持った、人間たちとそう変わりない隣人なのだ。
ルークの言葉に、辺りはシンと静まり返る。
最初にその静寂を破ったのは、グレイだった。
「ばっかみたい」
そう小さな声で言うと、ふっとその場から姿を消してしまった。
次に口を開いたのは、東部領自警団の指揮官だろう男だった。
「しかしあの魔法使いはたった今、我々を攻撃しました」
確かにそれは、覆しようのない事実だ。
グレイは最初こそ遊び半分だったが、結果明らかな殺意を自警団に向けた。
「あれは容易く人間に仇なすでしょう。それを傍に置いておくなど騎士団長殿は……」
「彼と行動を共にするように命じたのは国王だ。それ以上は不敬罪と見做す」
指揮官が言葉を言い切る前に、ルークが忠告を入れる。
ぐっと、指揮官は唇を噛んだ。
その様子に、ルークは困った顔で頬を掻いた。
「まあ確かに、あいつが嫌なヤツなことは認めるし、お前たちに怪我をさせたことは悪かった」
でも、とルークは続ける。
「あいつを噂だけで決めつけないで、少し様子を見てやってくれないか」
頼むよ、と笑うルークに、指揮官は気まずそうな顔で恭しく一礼した。
「さて、じゃあ俺は報告に城へ戻るか……」
グレイはどこかへ行ってしまったため、帰りは徒歩だ。
しかしそれが従来の移動方法である。
ルークはグレイと行動することにすっかり慣れていた自分に、苦笑いした。
「団長ー!」
そんなルークを呼び止める声があった。
王都騎士団の面々だ。
「団長、格好良かったです!」
「見事な剣捌き!」
「皆を一喝する声!」
「あの魔法使いに言うことを聞かせられるのも、流石です……!」
「そういやお前、この間グレイさんにお菓子取られて転ばされてたっけ」
あいつ、そんなことしてたのか……。
ルークの元に集まってわいわいと話す団員たち。
その一つに、ルークは頭が痛くなった。
「団長とグレイさんって、どれくらい前から仲がいいんですか」
「仲がいい……か……」
そう言われると複雑だ。
あいつは、人間たちとそう変わりない隣人だ。
ルークは心の底からそう思っている。
しかし、嫌なヤツであることも本当なのだ。
人間を馬鹿にして、意地悪をして、騙して振り回す。
それだって確かにグレイなのだ。
それに、ルークはグレイと戦って負かしたいと思っている。
「すみません、こいつ最近入ったばかりで……!」
団員の一人が、前に出て来て頭を下げる。
「いや、気にしてないさ」
「……聞いちゃいけないことでしたか?」
「そういうわけでもないんだが」
不安そうな顔をする団員に、どう説明したものかとルークは考える。
しかし、どうも何もない。
これは大多数が既に知っている話なのだから。
「俺、グレイと戦って負けてるんだよな」
それは、二人が初めて出会った日のことだった。
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