第3話 騎士と、メルム討伐
先程まで視界には特殊本部室が広がっていた。
しかし、グレイが呪文を唱えルークが瞬きをした間に、景色は一変していた。
青い空と白い雲が目の前にある。
少し視線を下に動かせば、草原がある。
そこでは、大量のメルムと東部領自警団、王都騎士団が入り混じって戦っていた。
「重い」
グレイのその声にハッとするも遅く、ルークの体が宙へ浮かんだ。
と思いきや、落下を始めた。
「グレイ!」
強めの声で名を呼ぶが、グレイはくすくすと笑っているだけだった。
「だって腕が疲れちゃったんだもの」
「嘘吐け!」
「そうだよ、僕は嘘吐きの悪い魔法使いなんだ」
いや、今はそんな会話をしている場合ではない。
このままでは、背中から地面に直撃する。
どうやったらこの状況を打ち破れるのか、とルークが考えを巡らせようとする。
しかし実際に考える前に、ルークの体は地面スレスレの場所でピタリと止まった。
その隣に、ルークと同じ速度で落ちていたはずのグレイが優雅に足先から着地した。
そして、ぱちんと指を鳴らして魔法を解除する。
「いてっ!」
「僕にタダ乗りしておいて無傷だっただけ有難く思って」
「料金は東部領のスイーツじゃないのか……?」
「そんなことよりあれ、いいの?」
グレイが、人間とメルムの入り乱れた戦場を指で示す。
今受けた暴挙に対して「そんなこと」でいいのだろうかと一瞬だけ頭をよぎる。
しかし、戦場は混沌としていた。
大量に発生したメルムを倒していくのも大変な戦いだ。
それに加え、今回は場所が悪かった。
王都と東部領の境、その草原でメルムの大量発生が起きた。
両方の中枢へ報告が行ったのだろう。
そして、それぞれが戦力を向かわせ、それぞれが戦いを始めてしまった。
全く連携の取れていない者たちが混じった戦場は、それこそが命取りだ。
「ぐあっ」
「くそ、邪魔するな!」
メルムを倒そうとそれぞれが振るった剣がぶつかり合い、膠着する。
その隙を狙うかのように、メルムの攻撃による負傷が相次いで起こっていた。
せめて王都騎士団だけでも自分の元に集合させるか。
声を張ろうと息を吸い込んで、しかしそれは途中で止められた。
メルムがルークの方へと飛び込んできたのだ。
「ふっ」
鞘から抜き出しざまに、剣を横に薙ぐ。
ガキンっと堅いもの同士がぶつかる音がして、メルムが弾き飛ばされた。
ルークの腕が、一瞬だけ痺れる。
地面に落下したメルムは、異様に細長く伸びた足で再び宙へと上がる。
先程の剣は、胴体の中腹から生える細長い足に当たっていた。
次は、頭の部分を狙う。
ルークは、剣を振り下ろす。
しかし頭は足よりも更に堅く、剣が弾き返された。
腰を落とし、メルムとの衝突を避ける。
その際にメルムに掠った髪が数本、切断された。
「まるで剣で作られた鎧だな」
いや細長いフォルムから連想するならば、槍の穂先にバッタの足が生えているかのようと表現するべきか。
そんなことを考えていると、別方向からもメルムが飛び掛かってくる。
腰を下げた体勢のまま、ルークは剣を突き出した。
剣はメルムの腹に刺さる。
「キュ……」
メルムは一声だけ鳴くと、塵となって消えていった。
ルークは振り返ると、最初に突撃してきたメルムの腹を狙って、剣で突き刺す。
堅い鎧で覆われているかに思われたメルムは、やはり塵となって消えていった。
「皆、聞いてくれ! このメルムの弱点は腹だ! 腹を狙って攻撃しろ!」
ルークは大声で、見つけたメルムの弱点をすぐに伝えた。
「この声は、ルーク団長だ!」
「ルーク団長が来てくれた!」
「あれが、救国の騎士?」
「腹か、良いことを聞いた」
ルークの呼びかけに、それぞれが反応を示す。
「負傷した者は、こちらへ下がってこい!」
ルークは、更に彼らへ呼びかける。
「まだ戦える者は、横一列になって腹を狙い前進しろ!」
「イエッサー!」
返答したのは、王都騎士団の者だろう。
彼らはもう心配ない。
東部領自警団の面々は、指示を聞いてくれるだろうか。
そう不安に思ったが、腹を刺して倒せると伝えたことが功を奏した。
ルークの指示は理にかなっていると判断したようで、声に大人しくしたがった。
それでも、跳ねまわるメルムの数があまりにも多すぎる。
ルークはメルムの集団から外れて飛んできたものを倒しつつ、グレイを探した。
グレイは、宙で足を組んで座って、紅茶を飲んでいた。
この惨状を、優雅に観覧しているらしい。
ルークを苦いものを一気に口に流し込んだ顔をして、しかし首を振る。
グレイは、そういう男なのだ。
「グレイ、これは数が多すぎる。魔法でどうにかしてもらえないだろうか」
「黒い虫にたかられてるみたいで面白いのに?」
「怪我人が出ている。それに、この量のメルムが街に押し寄せれば大惨事だ」
「そんなの僕が知ったことじゃない」
「お前の好きなケーキ屋が襲撃を受けるかもしれない」
ルークのその言葉に、グレイはティーカップをソーサーに戻した。
「あの人間たちも巻き込んでいいの?」
「駄目に決まっているだろう」
「はあ、注文が多いな」
手をひらりと振り、ティーセットを消した。
組んでいた足をゆっくりと解き、そのまま宙で立ち上がるかのような動作をした。
つま先で宙へ浮かぶグレイは、大量のメルムたちの方へ右腕を伸ばす。
手のひらを向けて、深呼吸する。
「フォルレモーラ」
グレイが呪文を唱えると、飛び跳ねていたメルムが吸い寄せられるように空へと集まっていく。
一か所に集められたメルムは、ぎゅうぎゅうと丸い入れ物に押し込められたかのようだ。
それはグレイの位置から見れば、手のひらにすっぽり収まって見えた。
「バイバイ」
グレイが右手をぐっと握ると、宙に集まったメルムは更に圧縮され、潰れた。
バラバラと落ちていくメルムが、しかし地面に落ちる前に塵となって消えていく。
「まさか、一瞬でこの量倒すとはな……」
ルークが、感嘆の息をつく。
「当然でしょ、僕をなんだと思っているの」
ゆっくりと降りてきたグレイは、サクサクと草を踏み鳴らしてルークがメルムを倒した場所へ行く。
「ちっ、飴玉以下じゃないか」
グレイが拾い上げた黒い石は非常に小さくて、麦チョコ程度の大きさだった。
いや、細い分それよりも小さくて食べた心地などしないだろう。
グレイは、左腕を伸ばすと人差し指だけをくいっと折り曲げて、何かを呼ぶような動作をした。
そうすると、地面に落ちてたであろう黒い石たちが一斉に宙へと浮かび上がる。
そこかしこで悲鳴が上がったが、グレイがそんなことを気にするわけもない。
くいくいっと二回グレイが指を曲げると、宙へ浮んだ石たちは一斉にグレイへと向かってくる。
「おわっ」
ルークは思わずそれを避けようと一歩後ずさるが、石たちはグレイの前でピタリと止まった。
石たちを宙へ浮かべたまま、グレイがポンっと魔法で巾着袋を用意する。
石たちはザラザラと音を立てて、その巾着袋の中に入っていった。
袋の紐をキュッと閉め、袋の端を指でなぞり「グレイ」と名前の刺繡を浮かび上がらせる。
グレイは石の入った袋を左手のひらに乗せ、右人差し指でトンっと叩く。
すると袋は一瞬にして消え去った。
袋の送り先は、王城にある対メルム特殊部隊本部室だ。
突然現れた袋に隊員たちは驚きひっくり返っていたが、それをルークが知るのはもっと先のことだ。
「さて、帰るか」
それはルークが、そうグレイに声を掛けるのとほぼ同時だった。
「衰亡の魔法使い、グレイ! お前はここで退治する!」
東部領自警団の面々が武器を構え、ルークとグレイを囲んでいた。
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