第2話 騎士と、その日常

 オプティムス王国。

 それは国土の中央に王都があり、それらを囲むように4つに分かれた領土から成り立つ国家である。

 オプティムス国騎士団。

 それは国王の名の元、国内の治安維持と国外からの防衛手段として結成された組織である。


 ルーク・ウェルフォードは、その騎士団長に任命されている。


 コンコンっと、団長室の扉が叩かれた。


 「イーオン・グラディウスです」

 「ああ、副団長か。入ってくれ」

 「失礼します」


 ルークは執務机に腰掛けたまま、副団長のイーオン・グラディウスを部屋へ招き入れた。


 「丁度休憩したかったところなんだ。来てくれて助かる」


 ルークの執務机には、団長の承認を必要とする書類の山が出来上がっている。

 通常、業務の隙間に行っていればこれほど溜まることはない。

 しかし現在ルークは、別命のためにグレイと行動を共にしている。

 グレイと別れた夕方か夜に一気にやるしかないのだ。


 「……それでも、随分減らした方なんですがね」

 「ああ、いつも助かっているよ。俺が苦手なせいもあるな」


 ルークがグレイと共に行動している間、団長業務を肩代わりしているのは副団長であるイーオンだ。

 ルークより年長であるイーオンは剣の技術だけでなく、事務業務についてもかなり頼りになる人物だ。


 「……それでは、本日の報告ですが」

 

 やれやれと肩を竦めたイーオンは、それ以上何も言わずに日課の報告をする。

 国からの要請や民衆からの要望、任務の結果や訓練中にあった出来事などだ。


 一通りの報告を聞くと、ルークは首を縦に振った。


 「問題はないようだな。俺は部下たちに恵まれている」

 「救国の騎士がご謙遜を」

 「あはは、だからこそ皆に無理をさせている気もするが……ああ、そうだ。相談なんだが」

 「はい、なんでしょう」


 ルークは、ぴらりと1枚の紙を見せる。

 先程グレイが食べたスイーツたちの領収書だ。


 「これ、経費で落ちると思うか?」

 「…………対メルム特殊部隊の経理担当に聞いてみないことには」

 「う、やっぱり厳しいか……?」


 ルークは、溜息をついた。





 どうにか書類の山との戦いを終えたルークは、次に王城へと向かった。

 対メルム特殊部隊本部が置かれているのが、王城の中だからだ。

 夜も深くなってきた時間だが、メルムによる被害は昼夜問わない。

 なので、本部には常に人が配置されている。


 「ご苦労さん、差し入れ持ってきたぞー!」


 ルークは本部が置かれた部屋の扉を開けると、あらかじめ買っていた食料品を掲げて見せた。


 「隊長!」

 「やったー! 隊長の差し入れだー!」


 ルークの差し入れに釣られてきたのは、メルム研究員と雑務担当の2人だ。

 この対メルム特殊部隊長が、ルークに与えられた別命だった。


 「2人だけか」

 「他の担当者は出払ってますね」

 「あ、グレイさんなら来てませんよ」

 「あー、グレイな……」


 グレイも特殊部隊の隊員だ。

 というよりも、この対メルム特殊部隊はグレイを戦力として招き入れるために設立されたものだ。

 いや、正しくはルークが設立を懇願したもの、というべきか。




 突然どこからともなく現れては、人々に被害をもたらす謎の生物。

 それはまるで、ぽっかりと空いた穴のような。

 光もなにもかもを吸い込んでしまった、底なしの闇のように黒い化け物。


 それを、メルムと呼んだ。


 特殊部隊が設立されるまで、メルムの対処は騎士団の任務だった。

 そこで大きな功績をあげたことで、ルークは『救国の騎士』という称号を得ることになった。

 

 そして、騎士団長に任命された。

 ルーク本人からしてみれば、重たいことこの上ない。


 ただ己に出来ることをしただけだ。

 ただ騎士の本分を全うしただけだ。


 それに……と考えて、ルークはそれを振り払うように頭を振った。


 ルーク本人の考えや言い訳など、些細なことだ。

 それよりも、世間はルークを信じている。

 救ってくれると、期待されているということだ。

 

 元々、騎士に憧れて入団したのだ。

 どれだけの重みが積まれようとも、やるべきことは変わらない。

 ルークは、そう自分を奮い立たせる。


 そうだ。そのために、まずやるべきことは。


 「なあ。すまんが、これを経費で落とせないか」


 ルークは、ぴらりと1枚の紙を見せる。

 グレイの機嫌取りのために使われたスイーツ代を、経費で落とせないかの交渉だった。


 「無理ですね」


 しかしそれは交渉の余地なく、ばっさりと切り捨てられた。





 ルークの朝は早い。

 騎士団兵舎で寝起きしているルークは、そこに居合わせた団員たちに混じり朝食を食べる。

 その後は執務室などが入っている騎士館へ行き、連絡事項や本日の任務などを確認する。

 必要に応じて指示を出した後は、訓練場へ行き訓練に精を出す。

 朝の訓練前に自主的に訓練に来た団員に頼まれれば、手合わせをすることもあった。

 一通りの訓練を終えた後は、一度兵舎に戻り汗を流す。


 そうして次は、王城にある対メルム特殊部隊本部へと行く。

 夜間担当隊員からの報告を聞き、まとめられたメルム被害報告書や研究成果報告書に目を通す。


 さて、今日は何から手を付けようか。


 騎士団は歴史が古く、やるべきことはおよそ定まっている。

 しかし、対メルム特殊部隊は作られたばかりの組織だ。

 隊長であるルークが、その日毎に考えて指示を出す必要があった。


 メルム被害は各所から上がってきている。

 各領の自警組織に対応を頼むこともあれば、王都から人を派遣することもある。

 ルーク自身も、遠征に出たことがある。


 どのように動かしていくか、そんなことをルークが考えていた時だ。


 「ねぇ、僕の甘いものは」


 ぽんっと空中に、グレイが現れた。


 「おわっ」


 ルークが驚き椅子から立ち上がる。

 しかしグレイはそんなことには目もくれず、ルークの机に音もなく着地した。

 グレイはきょろきょろと辺りを見回して、不満そうに口を尖らせた。


 「甘いものの香りがしない。用意してないわけ?」

 「ああ、悪い……じゃない! グレイ!」

 「なに」

 「その登場の仕方は心臓に悪いからやめてくれと、何度も言っているだろう……!」

 「あはっ、勝手に止まっちゃえば?」


 グレイは、空中に腰掛ける。

 そこに見えない椅子でもあるかのようだ。


 「お前の心臓なんてどうでもいいんだよ。それより、甘いもの」

 「……俺の心臓が止まれば、その甘いものを用意するヤツがいなくなるんだが」

 「…………」


 グレイが、顎に手を当てて考え込む。


 「どうやって入ってくればいいの」

 「そこの扉を開けて、歩いて入ってきてくれ」


 本部室の扉を指差すと、グレイが苦いものを食べたかのような顔をした。


 「人間って本当に面倒くさいね」

 「お前が特殊すぎるんだ」


 そんなやり取りをしていると、本部室の扉が勢いよく開かれた。


 「大変です! 王都と東部領の境に、大量のメルムが発生! 至急応援求むとの伝達が!」


 その声に、ルークが部屋を飛び出そうとして、しかし足を止める。


 「グレイ、頼む」

 「ちっ、ついさっき歩いて入ってこいとか指図しておいて、都合が良すぎるだろ」

 「事態は急を要する。頼む」

 「お前、僕が何の魔法使いって呼ばれてるのか忘れてるだろ」

 「わかっている。だが、頼む」


 ルークがじっと、グレイを見つめる。

 二人の間にピリピリとした空気が流れて、報告に来た男性がおろおろとしだす。


 どれほどの時間、見つめ合っていただろうか。

 案外、一瞬の出来事だったのかもしれない。

 

 「東部領のスイーツ食べに行くついでだから」

 「ああ、恩に着る!」


 先に折れたグレイが溜息をつきながら悔し気に言えば、ルークはぱっと破顔した。


 「ちゃんと捕まってなよ」


 すいっと宙を移動して、グレイはルークの両脇に腕を入れて抱える。


 「フォルレモーラ」


 グレイがぽつりと呟くと、グレイとルークの姿が消えた。

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