救国の騎士と衰亡の魔法使い~意地悪でお菓子好きな魔法使いに今日も騎士は振り回されています~
森ノ宮はくと
第1話 騎士と、悪い魔法使い
「騎士様」
灰色の男が、剣を佩いた青年を呼び止める。
「あっち、『メルム』の気配がする」
「わかった。すぐに向かおう」
二人は、灰色の男が指差した方向へと駆け出した。
*
「きゃあああああっ」
少女の悲鳴が、響き渡る。
拾い集めた野いちごが籠から落ちていることも気にせず、少女は走る。
涙を零しながら、少女は追いかけてくるものから逃げる。
それはまるで、日の当たる草原にぽっかりと空いた闇。
『メルム』と呼ばれるそれが、のそりのそりと少女へ向かってくる。
「ごめんなさい、ごめんなさい」
お母さんの言いつけを守っていれば。
街の外になんて出なければ。
「あっ」
少女が、転んだ。
メルムは少女のすぐ傍に迫っていて、大きな鉤爪を振り上げる。
誰か、助けて……!
そう少女が願った時、ふと絵本が思い出された。
悪いヤツをやっつけてお姫様を助ける、騎士の物語。
誰かが、おとぎ話のように。
そう、少女が思った時だった。
倒れ込んだ少女の上を、一陣の風が通り過ぎた。
「キ……」
小さな声が聞こえて、少女は振り返る。
自分を追いかけてきたメルムが、塵となって消えていった。
「怪我はないか、お嬢さん」
澄んだ緑色の瞳の青年が、少女に手を差し出す。
澄んだ緑色の瞳、さらりと流れる茶色の髪。
健康的な肌色、そして何よりもオプティムス王国の騎士団服に付いた団長の勲章。
「救国の騎士、ルーク・ウェルフォード様……?」
「ああ、俺が来たからもう大丈夫だ」
ルークは少女を安心させるため、にっと笑った。
「邪魔」
少女がうっとりしていると、そんな声と共にルークが少女の視界から消えた。
蹴り飛ばされたのだ。
「いてて、何するんだグレイ!」
「僕の進行方向にいるお前が悪い」
灰色の外套に灰色の服、灰色の髪。
グレイと呼ばれた死人のように白い肌の男が、少女と青年の間を横切る。
「あ、あった」
メルムがいた場所にしゃがむと、グレイは小さな黒い石を拾い上げた。
そして、ぱくりと口の中に放り込む。
「まずい。なにこの粗悪品」
「今回のメルムは小さかったからな」
「僕は口直しを所望する」
「えぇ……お前、今回ほとんど何もしてないだろ……」
「はあ? そうだね。僕が魔法で援護しなくたって、騎士様はすぐにメルムのとこまで走って行けたよね。僕なんていなくたって、その剣と鍛えられた体があるんだもの。ちゃあんと、助けられたよね。おとぎ話の騎士様らしく。余計なことしないで僕は大人しく見ていれば良かったんだよね。女の子が八つ裂きにされるところを。ね、そういうことだよね」
「わかった。俺が悪かった。お前には助けられた。ケーキ1つでいいか」
「足りない。2つ。ホールで」
「カットケーキですらない!?」
二人のやり取りに、少女はぽかんとしている。
そういえば、友だちが話していたっけ。
最近になって救国の騎士様の隣に、灰色の男が常に居るようになったと。
全身灰色の中で艶やかに煌めく、血のように赤い瞳。
おとぎ話でよく聞かされた魔法使いと同じ姿、名前。
「衰亡の魔法使い、グレイ……」
「へぇ、僕のことも知ってるんだ。すっかり有名人だ」
くすりと、魔法使いが笑った。
*
むかしむかし、緑ゆたかで平和な国がありました。
ある日、灰色の髪に赤い瞳の男が現れました。
男は人間に悪さをして回りました。
懲らしめようと思っても、中々捕まりません。
なんと男は、魔法使いだったのです。
不思議な力で人をだましては逃げるのが、得意だったのです。
ある日、人間たちはやっと魔法使いを追い詰めました。
しかし追い詰められた魔法使いは、怒り狂いました。
「みんな、いなくなっちゃえ」
そうすると、どうしたことでしょうか。
国はすぽっと、突然現れた穴の中へ落っこちてしまったのです。
底の見えないほどの暗い暗い穴の中に。
まるで大きな怪物に丸のみにされたかのように。
こうして平和な国は、跡形もなく消えてしまったのです。
魔法使いは、いつの間にか姿を消していました。
悪い悪い魔法使いは、どこへ行ったのかわかりません。
怖い怖い魔法使いは、またやってくるかもしれません。
なので、魔法使いには近付いてはいけません。
灰色の髪に赤い瞳の男がいたら、逃げなさい。
悪い魔法使いグレイに、食べられてしまうから。
*
「あーん」
ぱくり、とケーキを口いっぱいに頬張る。
グレイに言われるがままカフェへ来たルークは、目の前の光景を見てげんなりとした。
甘いクリームが塗りたくられその上に乗せられるだけ果物を乗せた、ホールケーキ。
濃厚なチョコレートがたっぷりとかけられて少しだけベリーを乗せた、ホールケーキ。
ホイップクリームにチョコ菓子が乗せられた甘い飲み物。
期間限定の果物が使われたパフェ。
メニューの軽食欄にあったマカロン3個セットが5皿。
ルークは見ているだけで、胸焼けしそうだ。
ミルクもシュガーも入れていないコーヒーをすすって、ルークは溜息をつく。
「なに。あげないよ」
「いや、いらない……」
グレイはその細い体のどこに入れているのか、ぱくぱくと甘いものを口に放りこんでいく。
手が休まる気配はまるでない。
「ねぇ、そこの人」
グレイがウェイトレスを呼び止めて、更に甘い食べ物と飲み物を注文していく。
ウェイトレスが立ち去ってから、ルークは眉をしかめながら口を開いた。
「ケーキ2つって話じゃなかったか」
「そうだね。ケーキは2つしか頼んでないよ」
にやりと笑うグレイに、ルークは頭を抱える。
「なあに、騎士様は人間どものために毎日毎日働いてあげている僕に、好物の1つも食べさせてくれないんだ。へぇ、騎士様がそんなけち臭いなんて知らなかったなぁ。騎士様を慕っているみんなも知ったら、嘆き悲しむかもね」
「この量でケチと言われるのは心外なんだが……!?」
「全然、足りない」
最初に注文したものを全て食べ切ってしまったグレイは、頬杖をつく。
くるくると指で……いや、指差した空中でフォークを回しながら、グレイは眉根に皺を寄せて言う。
「この僕に、人間なんかを守らせてるって、わかってる?」
「ああ、わかった。悪かった。いつも協力ありがとう。好きなだけ食べてくれ」
「ふふっ、最初からそう言えばいいんだよ」
追加で注文したスイーツが運ばれてくる。
グレイはスイーツを運んできたウェイトレスに、更なる追加の注文を申しつけた。
これ、経費で落ちないかな……
グレイはぼんやりと、そんなことを考えた。
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