第二章 燃える心を持つ少女 その二

 格闘を生業とすること、それはただ試合に出れば良いというものではない。格闘家は試合に出て立派に戦い、勝つことが望まれると半月は考えている。


 そうなると格闘家にとっての試合とは頂上であり、観客に晒されることのない普段からの体作りのトレーニングや技の練習、安定した心身の状態の維持の方こそが地味であるが職務の大半だ。


 そうした考えの下、半月は試合後のオフを作らない。


 それはいつ試合が来ても良いように常に戦える状態を維持したいということと、オフを作ると短期間で体を作り直さなければならず無理な負担をかけてしまうからだ。だから半月は怪我をして家で回復を待っている最中も、無理のない範囲でランニングや筋肉トレーニングを行っていた。


「行ってくる」


 半月は怪我がある程度良くなったことを確認すると早速練習を行うため、馴染みのジムに出向こうとする。一言イヴに言い残し家を出ようとすると、イヴにジャンパーの裾を掴まれた。


『ど・こ』


 小柄なイヴが大柄な半月を見上げながらタブレットを操作して声を放つ。


 半月はイヴにタブレットを渡した日から一日も欠かさず、布団に入ってからイヴが眠たくなるまでの間、図書館から借りて来た絵本をイヴに読み聞かせながらひらがなとカタカナの勉強をさせていた。


 そのおかげとイヴの飲み込みが早さもあって、イヴは短い会話なら出来るようになった。


「仕事に行くんだ。離してくれ」

『ひ・ま。い・く』


 そう伝えるともぞもぞとこの前買った猫耳フード付きパジャマを脱ぎ出し、恥じらいもなく下着姿になる。そしてセーター着てタイトスカートを履く。早い着替えだった。


 イヴは暇なのだろう。なるべく一緒にいたいのだろう。それは半月にとっても喜ばしいことだ。


「女子供が行くべき所ではない」


 しかし半月はばっさりとイヴの申し出を断った。


 半月は自分の仕事のことはあまり話していないが、殴りっこをしていると言ったことはイヴも覚えている筈だ。大の男の取っ組み合い、暴力なんてものはイヴにとっては悪影響しか及ぼさないだろうと半月は考えていた。それに半月は練習とはいえ、自分が誰かを殴るような、そして誰かに殴られるような姿を見られたくなかった。


「んぅっ」


 頬を膨らませてご立腹のイヴ、半月はそれを尻目に千円札を取り出して渡す。


「家で留守番でも良いし、商店街で遊んでも良いぞ」


 そう言って半月は玄関を出た。

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