第4話
1-Aを通り過ぎ玄関まで来た。下駄箱に靴は1つもないし、ガラス製の玄関口も開かない。
(徹底的に戦えってことかしら)
姿見を見る。髪は乱れ、制服は汚れ、腕にはアザが何個もある。かなえは脇腹をさすって玄関から西、別棟を目指して歩き出した。
別棟1階は空き教室ばかりだった。疲労の溜まった脚で2階へのぼる。
科学室、コンピューター室、資料室は何も無かった。。
(アキナは私“たち”と言っていた。だったら後2人、月岡モエと緑川聖子が居るはずね)
資料室の隣は家庭科室だ。扉に付属する小窓からは全体が良く見えない。かなえは扉を開けると同時に銃を抜き、ドラマで見る特殊部隊の様に教室に入った。
「モエ?」
9つあるアイランドキッチンの奥、月岡モエが壁に寄りかかって立っている。
「おはよう、かなえちゃん。それとも今はこんばんは?」
ツインテールとフリル付きのリボンが揺れる。
「今って夜なの?」
「さぁ? 知らない」
「だったら教えて、ここはなんなの?」
「知らないわ」
モエは自分の爪を見始めた。
「あなたも私を狙うワケ?」
眠たげな目がかなえを見つめる。
「あなたってエゴイストよね。質問ばかり……。まぁ、答えはイエスなのだけど」
9体のクマ人形がアイランドキッチンの引き戸から現れた。爪は鋭く、歯をむき出し、2本足で立っている。
「本体はクマにならないの?」
「ならないわ。可愛くないもの」
クマが1体かなえに向かってタックルを仕掛ける。90㎝ほどの大きさで、腕は太く、腹も出ている。そのくせ動きは素早かった。
かなえが右前方に体をかわす。しかし右脚に2体目のクマが抱き着いていた。
銃の持ち手で殴打しようと、かなえが銃を振りかぶる。すると右手に3体目のクマが張り付いた。4、5、6体とクマが付き、かなえは床に押し倒された。
静かになってから、クマがグラグラ揺れ出す。6体のクマが衝撃によって弾かれた。
かなえの背中からは巨大なコウモリの翼が生えていた。
「お似合いね」
「ブラジャーが犠牲になったけどね」
翼手が羽ばたき、風を切る。浮かぶかなえは銃口を向けた。
3体のクマが庇いに入る。
「あなたはなんでイジメるの?」
「聖子が望んでいるからよ。私の聖子が」
1体のクマがかなえの右脚に抱き着いた。
「あなたって空っぽね」
翼を動かして浮いたまま、かなえがアイランドキッチンの戸を開ける。取り出したのは包丁だった。
右脚のクマを切りつける。首元が切れて、中から無数の爪が溢れ出す。
「悪趣味ね!」
傍に居たもう1体のクマの腹を刺した。人の爪が気味悪く床にばらまかれると、クマはピクリともしなくなった。
残り7体のクマがいる。かなえは牽制のつもりでモエに向かって包丁を投げた。
クマが投げられた包丁の持ち手を掴み攻撃を防ぐ。
「なんで物なんか投げるのよ! 母親もアンタも頭おかしいんじゃない!?」
6体のクマがフライパンや麺棒などを持ち出した。1体のクマはかなえが投げた包丁を持ち、モエも引き戸から包丁を取った。
(各個撃破した方が良さそうね)
コウモリの翼をはためかせ、かなえが飛び去る。
「逃がすな!」
かなえは3階西端の音楽室に向かって行った。
クマたちが追い付き、音楽室の扉を開ける。カーテンが閉まっていて室内は暗かった。
暗闇の中クマたちが歩く。中央には複数の座席があり、黒板の近くにはピアノがある。後ろには音楽家たちの肖像画が、ポスターとして張られていた。
バッハとモーツァルトが微笑み、ベートーヴェンがしかめっ面をして教室を見ている。その隣がかなえだった。
アコースティックギターでクマを殴る。ギターは間の抜けた音を上げてクマと共に完全に壊れた。暗闇の中で格闘の音がする。
かなえがシンバルを片手に持って廊下に出て来た。赤い空の光が眩しい。
音楽室から出たクマの麺棒による攻撃をシンバルで受け止め、かなえは再度飛び去った。
綺麗に掃除された科学室でかなえは準備に取り掛かる。
空の水槽に画鋲や釘、割れやすそうなビーカーを入れた。それから瓶詰の金属ナトリウムを探し出す。最後に水槽に水を入れ教室の中央に設置した。
「私はここよ!」
ドアから半身だけ出してかなえが言った。5体のクマが教室に入る。
かなえは羽を使って教室後ろの扉へ向かい、蓋を開けた瓶を水槽目掛けて投げ込んだ。
廊下に出て扉を閉める。かなえは素早く身を伏せた。
2秒後、爆発音と共にガラスが砕ける音がした。クマの体に画鋲や破片が突き刺さり、傷口から爪が流れるのを想像しつつ、かなえは大きくため息を吐いた。
「やっと本人と戦える」
道中モエが追ってくる気配は無かった。モエはまだ家庭科室に居るのだろう。かなえは再び、家庭科室の前に来た。
慎重にドアを開け勢いよく中に踏み込む。左手に影が見えた。左頬に痛みが走る。
「あなたの母親もフライパンで殴ってくるの?」
「うっさい!」
左手に持っていたフライパンを捨て両手で包丁を持ったモエが、かなえに突っ込む。体を右に逸らして躱したが左の翼が少し切れた。紫色の血が垂れる。
「イジメる理由はそこにあるのね? 家で暴力を振るわれて、今度は自分が殴るようになったんだ?」
モエの手首を横から掴む。
「ちがう! 私は聖子のためにやってるの! アンタって本当、私の話聞かないわよね。あの時もそう」
不審に思いながらも窓付きのドアにモエを押し込む。
「あの時?」
「そうあの時よ!」
モエの頭の後ろで窓が光る。包丁を振りかぶるクマが反射していた。
唸り声をあげて手首を離し左方向にかなえが避ける。
「え?」
クマの投げた包丁がモエの腹部に深く刺さった。
「あ……」
見る間に顔が青ざめて、制服に血がにじみ出した。
「あっ。あぁ!……っ!」
モエが包丁を引き抜くと、せき止められていた血が一気に溢れた。
「わ、忘れてるでしょ? 1年のとき、私、あなたに言ったのよ。家に帰りたくないって。泊めて欲しいって」
口の端から血がこぼれる。包丁は胃を傷つけ、血が喉を逆流していた。
「私、知らなかったわ。家庭内暴力を受けてたなんて」
モエが倒れかなえが見下す形になった。
「ウソつき。あの時、私あざがあった。左目に」
「…………」
「でも聖子が泊めてくれたの。聖子……。私の聖子。苦しい……」
視線を逸らし、かなえは銃でとどめを刺した。
月岡モエの腹部が消える。最後のクマも動かなくなった。
かなえはその場でうずくまり、腹の無いモエをぼんやりと眺めた。
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