第2話

 さっきまでうるさかった教室が静かになった。かなえは不審に思って目を開けた。クラスメイトが消えている。左右後ろ、どこを見ても人が居ない。

「嘘……」

 呟いても声が教室に反響するだけだった。さらにかなえを驚かせたのは左手の窓から見える空だった。空が赤い。

 かなえは窓のカギを開け外の様子を見ようと思った。しかし何度やっても鍵が下せず開かなかった。他、3つの窓も同じだった。

(閉じ込められた?)

 窓際に立ちすくんでいると、悲鳴が聞こえた。

「キャァァあぁ……」

 聞き覚えのある声だった。

 教室後ろのドアが、ガラガラと音を立てて開く。半身をのぞかせるのは太った女の様だった。

 かなえと同じ制服を着ているが血まみれで、頭部が豚だ。下顎から生える牙は上に向かって大きく伸び、反っている。そして鋭い先端は血に濡れて赤黒い。

 かなえの呼吸は緊張で止まった。

 異形の女が教室に1歩踏み込む。口からは白い息を吐き、獣のように低い音で喉を鳴らして、かなえを見ている。

「あ……。あなた坪田イクミ?」

 豚になった顔のぎょろ目を見てかなえは言った。2歩、3歩と怪物が近づく。

かなえは短く息をのんだ。女の右手に引きずられる死体に気付いたからだ。丸メガネをかけた死体の喉には2つの大きな穴があり、血が微かに噴き出ている。

「やっぱりあなた坪田イクミね。佐藤チカを殺したの?」

 イクミは右手に持つ死体をかなえ目掛けて放り投げた。チカの死体をぶつけられて、かなえは窓下の壁に背中からぶつかる。

 自分の上に重なる死体は改めて見てもチカだった。かなえが死体をどかして立ち上がる。

(あんな怪力と戦っても勝ち目はないわ)

 逃げようとすると左足に違和感を覚えた。チカの右手が偶然、足に触れていた。

 かなえと死体になったチカの目が合う。

(イジメられて殺されて、クラスでは私にも無視されて……)

 イクミが雄叫びを上げて、木製の机と椅子をかなえに投げた。かなえは左方向に前転する様に飛んで避けた。

(せめて、仇くらいとってあげるべきかしら)

 かなえは近くにあったピンク色のブランケットを手に取った。そのまま開いて両手で持ち、身体の右側ではためかせる。

 2本の牙がかなえを狙う。机と椅子を5個も6個も吹き飛ばしながら、獣はかなえに突っ込んだ。

 ぶつかる直前、かなえはブランケットと一緒に身を翻して突進をかわした。

「豚も牛と変わらないのね」

 ブランケットの後ろは窓の下の壁だった。コンクリートに衝突したイクミは豚特有の甲高い鳴き声を発して身悶えしている。

(彼女はまだ動いている。放っておけばまた私を殺しに来るかも)

 周りを見ると自分の机が倒れておらず、机上には銀色に光る何かが置かれている事に気が付いた。

(さっきまでなかったのに……)

 イクミが立ち上がり再びかなえを睨みつけた。右目はつぶれ、牙は1本折れている。

(賭けてみましょう)

 机に駆け寄り手に取ったのは銃だった。銀色のリボルバーには6発の弾が込められている。

 怒り狂ったイクミが向かって来ていた。

 かなえはブランケットを頭目掛けて放り投げた。視界を奪われたイクミが両腕を振って暴れ出す。

 かなえは左膝をついて坪田イクミの頭を狙った。撃鉄を起こし、引き金を引く。

「ショウコちゃ……」

 炸裂音と共にイクミの頭が消え去った。

 頭の無い体が倒れる。不思議と吹き飛んだ頭からの出血は無かった。

「はぁ……ハァ……」

 大きな溜息をついて額の汗を腕で拭う。

 かなえは足元のブランケットを手に取って、死体になったチカに掛けた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る