第七章 血の報い その二

 二日後の太陽が沈み薄暗くなった逢魔ガ時の頃の浜辺。ぬるっと生温かい風が吹きぬけ、波が月光に照らされ砕かれ消えて行く。漆黒の宝石のようで黒々と光る水面を形成しながらぽっかり空いた穴のような闇を作る。その闇に浮かぶかのように無人の木の小舟が一隻浜辺に打ち上げられていた。


 狂四狼は満月の手を取り、満月を自身の背後へと隠す。


「待たせたな」


「待ちくたびれたぞ二等警査相当、不死身狂四狼殿」


 対峙するのは軍服を着た警察予備隊員が計六人、薄暗いが目を凝らせば何とか視認できる。どいつも昔から面倒を見てやった、良く見知った顔だ。


 隊員達は正面の埠頭から二人、左側の浜辺と並行して植えられた防潮林から二人、背後の岩の影から二人、というような配置で狂四狼を海に追い込むようにして囲んでいる。


「お前にプレゼントだ」


 正面の男が狂四狼に向かって何か西瓜ほどの球状の物体を投げつけた。狂四狼の足下にごろりと転がる。


「また無意味な殺人を……」


 物体は生首だった。運び屋の老人の首だ。顎が外れるくらい大きな口を開け、白目を剥いて絶命している。ただ死んだ訳ではなく、無残に殺されたといった感じだ。


 狂四狼は老人に巻き込んですまないと心の中で謝罪する。


「だ、旦那様はもうこの仕事は続けることができません! 辞める決意を固めたのです! 私達は奴隷じゃない! 貴方達に旦那様をどうこうして連れ戻す謂れはありません!」


 満月が怯えをその心に隠し、懸命に声を上げてくれたが、話し合いは最早望めないだろう。こいつらは悪行に、殺人に酔っている。顔を見れば直ぐにわかる。多汗で、酷く痩せこけて、落ち着きがない、その癖に目はギラギラしている。


 精神に異常を来し、薬物に頼ったのだろう。人間が狂う一歩手前で、狂四狼も満月がいなければそうなる筈だった救いようのない末期症状である。


「下らん……連れ戻す? そんな回りくどいことをしに来た訳ではない。俺は命令を無視する。これは制裁だ。今宵の俺は処刑人、俺達は処刑するために来た」


 男は他の隊員から一本の槍を受け取り、中段に構え、陽炎のような殺気を身にまといながらゆらりと歩を進めようとした。


 何がこの男をそんなに駆り立てているのかわからなかった。しかし来るとなれば受けなければならない。六人なら何とかなるかも知れないと狂四狼は思った。


 人数が思ったより少ないのは分隊行動を行っておりまだ主力部隊との連絡がついていないからであろう。主力と合流せずに先に姿を現したのは、手柄を独り占めにしたいと先走ったからでろう。


 狂四狼が「待て」と右手を前に出し男の動き制す。


「何ですか? 命乞いですか?」

「本当に良いのだな?」


 なるほどと男は納得したように頷くと、槍を地面に叩きつけて男は宣言する。


「行くぞ……不死身狂し……ィ?


 ――パァン――


 と一発、炸裂音が浜辺に響き渡り、鳥が空へ羽搏いた。


「え?」


 男の右肘に一本の刀身だけの脇差が深々と貫通している。


 相対する狂四狼の左腕は地面に平行に上げられていた。そこにはある筈の脇差はなく、代わりに焦げた匂いにプスプス上がる黒煙、そして鎖があるのみ。


 狂四狼は自身の義手を能力により爆発させ、弾丸のように脇差の刀身を跳ばしたのだ。その刀身は鎖で狂四狼の左腕と繋がっている。


「ナ? バカな……」


 男の右腕が千切れるように落ちて、おびただしい量の出血をする。男は砂を鮮血に染めてその場に崩れ落ちた。


「命まで取るつもりはない。直ぐに止血して治療しろ、そうすれば助かる」


 狂四狼はかつて仲間で背中を任せて来た奴らを殺すような真似はしないし、もうできない。人を殺すにはそれ相応の覚悟がいるし、今の腑抜けた自分にはその資質が著しく欠如していることにも狂四狼は気が付いている。


「暗器、この卑劣漢が!」


 激昂し、周囲に控えていた残り五人の隊員が迫ってきた。


「ッッ。せいッッ!」


 狂四狼は隻脚であり、足場の悪い砂浜である。故に足を使った勝負に持ち込まれると弱い、腰に下げた袋から大量のまきびしをばら撒き、追手の進行を防いだ。


「そのまきびしには動物の糞が付けてある。怪我をすればたちまち破傷風になるぞ!」


「ぬぅ……」


 進行を食い止めることには成功したが、完璧に戦意を削ぐことはできなかったようで、砂浜の砂をまきびしと共に思い切り蹴り飛ばすか、摺り足で踏まないようにしながらじりじりと距離を詰めてきた。


 狂四狼は稼いだ時間で、鎖を引っ張り鎖に繋がった脇差を男から引き抜くとこれを大きく回した。


 一回転、二回転。


 日が沈み薄暗い影の世界に鎖は溶けた。


 一回転目で四人の隊員達は上手く跳び、この鎖のついた淡く光る脇差から逃れたが、一人は遅れて右片足を切った。


 二回転目で右足を切られた男は着地できずに膝を付き、その首を庇った右手が深く斬られる。右手と右足に手傷を負ったのでは、戦闘はもうできないだろう。


 残り四人。ほとんどの者は戦意を失いかけている。


「チャリアアアアアア!」


 背後にいた、唯一戦意を残した隊員が狂四狼に距離を詰める。その男は右手に小太刀を、左手に大太刀を抜刀する。


 狂四狼が振り返ると同時、男は僅か一丈ほどの近距離から小太刀を思い切り投げつけた。狙いは狂四狼の左太腿。


「ちぃいいいいい!」


 狙いは剣士に取って弱い下半身、敵ながら良い着眼点だ。それに小太刀を投げる思い切りも良い。小太刀は狂四狼の太腿を深々と貫通した。これで歩行が困難になる。


 そこに小太刀を投げた男が大太刀を両手に持ち替え、まきびしの撒かれた区域を大きな跳躍で突破する。そしてそのまま跳躍を加えた大上段で地に伏した狂四狼に思い切り、渾身の一撃で頭部に狙いを絞り、斬りかかる。


 カンと甲高い音が鳴った。


「ぬぅう……その鞘は……鉄か!?」


 狂四狼はギリギリのところで狂四狼特製の打刀の鞘、鉛仕込みの鉄の鞘で受けることに成功したのだ。しかし、跳躍を伴う大上段からの圧倒的な力を込めた一撃に狂四狼は受けることで精一杯で衝撃で尻餅をつく。倒れた狂四狼に好機を見出した男は上から圧し掛かるようにして狂四狼を浜辺に押さえ付ける。


 大太刀と鉄製の鞘は狂四狼の首元で交錯する。


「死ね、不死身狂四狼……」


 ぐぐぐと力を込められる。上から押さえつけるように受けた刀と下から受けた鞘は力の均衡を保ちながらゆっくりと狂四狼の喉へと移動した。遂に男の大太刀が狂四狼の頸動脈に降れた瞬間、男の体がぐらついた。


「何ッ!」

「放して!」


 満月が上に覆い被さる男を退かそうと、後ろから男に体当たりを行ったのだ。


「この女!」


 鞘に加わっていた圧力が弱まる。隙としては十分だった。狂四狼は踏ん張っていた下半身の力を緩め、義足の諸刃の刀で足払いをするように男の軸足となる左足を斬った。


 倒れ込む男の頭を鞘で思い切り叩いて気絶させる。


「助けられたな、すまん満月」

「旦那様が無事で良かったです……」

「で、どうする!? 続きをするのか!?」


 戦力が半分になり最早劣勢と感じていた残りの三人に声を掛ける。


「囲め! 囲んで飛び道具で応戦しろ!」


 ピーっと笛が鳴る。仲間に位置を知らせる笛の音だ。突撃をためらった三人は狂四狼から間合いを取り、槍を放り、刀を仕舞い、円を描くように辺りをぐるぐると周回する。周回しながら小型の手裏剣を狂四狼に放った。


 狂四狼は冷静に鎖を巻き取り、脇差を左腕の義手に装着する。


 気力も萎え、間合いの離れた攻撃なぞ恐れることはない。ただ足を潰されたこと、そして時間を稼がせるのは厄介だった。もたもたしていると本隊に囲まれる。


「笛の音はこっちだ! いたぞ!」


 防潮林からぞくぞくと人の影が動くのが見えた。数は二十と言ったところか、その人数はさすがに対応できない。


 もう時間がない。


「変身するしか……」


 変身すれば太腿に受けた傷は不安定性突然変異による肉体の再構成で回復する。しかし変身には危険も伴う。変身後は肉体の異常な疲労に加え、肉体の一部の欠損の可能性だ。故に敵は変身中に皆殺しにして変身後の安全を確保することが望ましい。


 ……しかし今の自分は仲間を殺す罪悪感には耐えられない。変身して戦うことはできなくとも、満月を抱えて脱出くらいなら……そう狂四狼は考える。


 狂四狼は一つの掌ほどの大きさの玉を取り出し、指先から能力で小爆発を起こし、その玉に火を付けた。玉からモクモクと白い煙が出る。それを狂四狼は海を背にするようにして、前方に放った。発生した煙はあっという間に敵の目から狂四狼と満月を遮る。


「満月……どうか俺に怯えないでくれ……」


 狂四狼は太腿に刺さった小太刀を引き抜き、片左膝を突き、腰に差した打刀を左肩と左頬の間に挟む。


「噂は聞いています。戦場の英雄、不死身の狼、不吉の死刑囚第九号、色々と呼ばれていますね。そして旦那様は変身するのですね」

「あぁ……変、身……」


 狂四狼は白い煙の中で痙攣を繰り返す。過呼吸で苦しい、更に心臓が強制的に強く動き出し、全身を熱い血が駆け巡る。震える体を押さえつけながら安定剤取り出し、これを着物の上から肩に注射した。


 体内の血液が霧状に散布され周囲が赤い蒸気に包まれる。打刀が朧気に発光し、ゆっくりと形を変えて一回り大きな野太刀に変化する。肉体を青白い炎が包み、肌を甲殻が包む。


 その最中、一陣の風が吹き、影が動いた。


 狂四狼達の背後、海に打ち上げられていた木の小舟から疾風のように動く一人の人間が現れたのだ。影が狂四狼と満月の間に割って入り、満月を攫って行く。


「旦那様!」

「満月!」


 狂四狼が、満月が、お互いに手を伸ばすが僅かに届かない。


「風間……風助ぇぇぇえええええ!」

「先輩は変身による不安定性突然変異の最中は隙だらけだ! その隙を煙玉で隠すことは正しい! しかし後方までは気が回らなかったようですね!」


 影は風助だった。風助は煙の向こうに姿を消した。しかし狂四狼は変身による肉体の不調で這ってしか動くことができない。


 ……しばらく経つと煙玉からの煙の供給が止まり、視界が広がる。


 そこで変身を終えた狂四狼が見たものは、警察予備隊が二十人ほどずらりと並んだその様と、風助ががっちりと満月の胴体を掴みながら刀を満月の首に押し当て人質を取っている姿だった。


「さ、変身を解除して下さい!」

「旦那様! 駄目です!」

「満月! 動クナ!」


 満月は静止も聞かずに大きな口を開けて、風助の腕に噛み付く。そして思い切り暴れる。


 しかし風助は焦らず満月の首の後ろに手刀を当て満月を速やかに気絶させた。


 黒武者の甲殻がボロボロと剥がれ、大量に発汗し、肩で息をしながら、砂浜に這いつくばっている狂四狼の肉体が露わになる。


「……止めろ風助……! 満月は元々俺に無理やり付き合わせられてここに来ただけだ。満月には手を出すな!」

「ハハハ、僕がそんな親切な人に見えますか? でも良いでしょう、先輩とは一度死合をしてみたいと思っていたのです。もし先輩がその体で僕に勝てたら、女と先輩は見逃しても良いですよ」


「その言葉に偽りはないな?」


 風助は当然と言ったように雪風を抜刀し、上段に構える。


 対し、狂四狼もふらつきながらも最後の力を振り絞った。左義手の脇差を下段に構え、右手の打刀を八相に担ぎ、最後に左半身を前に出し右足の諸刃の剣を後ろへ回す。いつもの地獄三刀流の構えだ。


「夢幻一刀流、風間風助、参る!」

「地獄三刀流、不死身狂四狼。受けて立つ……」


 強い倦怠感が狂四狼を襲う。額から玉のような汗が流れ落ちる。恐らくは顔は蒼白になっているに違いない。その手は無様にも震えていた。


「…………」

「…………」


 多くの隊員達が見守り、静寂が一帯を包む。


 狂四狼の汗が隻眼に入った時、それが始まりの合図となった。


 風助の上段から大気を割るような一閃が振り降ろされる。


 これを狂四狼は自身の持つ刀で受けなかった。受ければ鍔迫り合いになり、体力のない自分が潰されると判断したからだ。狂四狼は攻撃を見切ると僅かに体を後方に下げ、この斬撃から逃れた。鼻先を斬撃が掠め、焦げた匂いを嗅いだ。


 風助は離れた分更に間合いを詰めて下から連撃を繰り出す。


 狂四狼は直撃を避け、これも半歩半下がりつつ左腕の脇差で斜めに受け流し躱す。


 右足の諸刃の刀を使えば片足だけとなるため足場の悪い砂浜では些細な衝撃で足下を掬われる。だから足払いの心配がないよう少し距離がないと使えない。


 付かず離れず距離を管理され間合いは殺されている。狂四狼の戦いをずっと見てきた隻腕隻脚の欠点を熟知した戦いだった。


 狂四狼は何とか八相に担いだ打刀を打ち下ろす隙を探したが、弱った獲物に対しても風助は全力で止まらない。縦横無尽に剣撃を走らせる。狂四狼は体の各所を少しずつ削るように斬られて行く。どれも当たれば死という必殺の意思が込められており、その嵐のような斬撃が狂四狼を追い詰めていく。


 そして狂四狼は海側に追い詰められ、波に足下を取られる。すると狂四狼の喉に向けて、風助の刺突が放たれた。


 狂四狼は上半身を思い切りのけ反らせ、首を後ろに捻り、強引に逃れた。しかし頬をざっくり切ったようで出血する。


 狂四狼は打刀を捨て去り、空になった右手を用いて決死の覚悟で風助の刀を押さえた。風助はそれを引き剥がそうとする。二人の体が密着する。


「先輩、貴方に問いただしたいことがある!」


「応ッ……」


 何だって答えようと狂四狼は強く肯定。


「……先輩。貴方は決して正しくはなかったが、いつだって僕達を助けてくれた。倫理や道徳と自分達の命の狭間で揺れる僕達を庇ってくれた。僕達は人間性を失ったが、確かに今、大地に足を付けて、ここに生存しています」


「その通りだ……」


「ならば聞かせて頂きたい。なぜここに来て人の道を離れた僕達を見捨てるのですか? 僕以外の隊員も含め、人を奈落の底へ付き落したまま、先輩は何処へ行こうと言うのですか? 先輩にとって我々はただの道具でしかなかったのですか? 先輩がいなくなったら残された我々はどうしたら良いのですか?」


 体力の差は歴然、風助は己の刀を振り回し、疲弊しながらも懸命に刀を押さえてきた狂四狼を振り払った。


 狂四狼は転がされ、海に没入する。


「…………風助、いや風助だけではないな……お前達だって心のどこかでは、理解していたのではないか? 俺の悪魔の囁きによってお前達は生き残ることに成功したが、その地獄に身をゆだねていたままでは、いつか壊れるのだ。いつか自分の罪と向き合わなければならない時がくる。そして俺にその時が来た」


「そ、んな、僕には彼らを導くことはできない。僕には人の心がわからない。精神を蝕み、薬物に溺れる仲間を助けることができない。……先輩はあまりに無責任だ……」


 風助がか細い声で呟く。


 狂四狼は中腰で立て直し、風助を見据えながら空手の右腕を前方に伸ばす。そして間合いを測りつつ脇差を引いて突きを臭わす体勢に構え直した。体力なぞとっくに切れているが、まだ戦う意思は残している。


「お……俺は……、俺は皆を見捨て、裏切ったのか……」


 狂四狼はそんな簡単なことに今気付いた。


 狂四狼は心身共に折れかけている。重心を後方に下げた見切りの避けは飛び道具以外のありとあらゆる攻撃に万能に効くが、常に高い集中力と根気を求められる。それに重心を後ろに下げなければいけないため反撃に転ずることが難しいという欠点を持っていた。


 ジリ貧、そう感じざるを得ない。


「僕は先輩を憧れにして付いて行った! 先輩さえ、先輩さえ信じていれば大丈夫だと思ったんだ! けれど先輩は僕達を置き去りにした! 今更自分だけは陽のあたる道を行くなんて虫が良すぎる!」


 ぶるぶると震えが走る。そうか風助が鳳凰海運での一件であんなに不機嫌だったのにはこういう背景があったのかと狂四狼は理解した。そして狂四狼は風助が怖かった。その目で、そんなに熱い感情が籠った目で、見られることが恐ろしかった。


 耐え切れず、先に仕掛けたのは狂四狼だった。


「糞ッッ!」

『地獄三刀流・朧月』


 狂四狼は一旦思い切り後方に引いて、海中で獣のように半分しかない己の四肢を地面につけると腕力と脚力を存分に使い跳ねた。


 武術において最も攻撃力の高い攻撃の一つである鋭い跳び後ろ回蹴りを狂四狼は放つ。右義足の諸刃の刀が首を刈り取るように風助に迫る。


「神が貴方を許しても僕は貴方を許さない」


 風助はその強烈な一撃に対し、全く引かなかった。逆にあえて一歩強く踏み込んだ。踏み込んだその全身の運動量を雪風に乗せ、下から上に嵐のような斬撃を、切り上げを行う。その風助の一撃は狂四狼の跳び蹴りの諸刃の刀と交錯し、狂四狼をすくい上げた。


「そこだッ!」


 狂四狼は空中ですくい上げられ、半回転する。落下しながら狂四狼はその縦回転に身を任せて、下から逆に攻撃に転じた。空中で縦回転を利用した生身の左足での玉蹴りのような下から上げる蹴りを放った。


「くぅッッ!」


 風助の顎に突き上げるような生身の蹴りが直撃する。


 対し、狂四狼も不自然な姿勢から無理やり放った空中蹴りで受け身を取り損ない、後頭部から激しく落ち転倒した。


 狂四狼の意識が僅か一秒、飛ぶ。


 しかしそれは決着を付けるには十分な時間だった。


 狂四狼が目を開けると首筋に雪風の切っ先が突き付けられていた。風助が受けた顎への一撃は脳を揺らしたが足元をグラつかせるのみで意識を刈り取るまでに至らなかった。風助はおぼつかない足取りで狂四狼に圧し掛かると刃を降ろしたのだ。


「僕は、先輩を殺したいよ……」

「俺の負けだ……好きにしろ、ただし満月は別だ。あの娘は俺達の諍いに関係がない」

「僕が言うことを聞くとでも?」

「俺の何を奪っても構わない。なんなら尻の穴を舐めてやっても良い、だから……」

「先輩はこんな時、そんな顔をするんですね……」

「何?」

「でも駄目です。貴方は戦場から逃げられない。貴方にはまだ戦場でやらなくてはならない最後の仕事が残っています。人質として女も連行します。貴方を捕縛します」


 狂四狼と満月は捕縛され、装甲車に乗せられるとそのまま弘前の基地へと連行された。

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