第三章 誰が為に その一

 生きる目的を失った男がいた。死の宿命から逃れた男がいた。


 静かな雪の降る降誕祭の昼下がり、その男は塵芥に埋もれ、死んだような目でただ静かに灰色の虚空を見上げていた。



****



 東京都の朝霞駐屯地、旧朝霞訓練場離着陸場で警察予備隊による観閲式、つまり軍事パレードが行われていた。


 この観閲式は警察予備隊の最高指揮官となっている内閣総理大臣、吉田も観閲に来るということで警察予備隊が総力を挙げての取り組みとなっている。


 とは言っても金のないのがこの国の実情、警察予備隊の一糸乱れぬ行進が主なパレードの内容だったが、最後に一つだけ多くの者の目を引く演目があった。それは狂四狼が行う刀を用いた試し切り、それも罪人を使った生き試しである。


 また殺しかと狂四狼は呆れる反面、気になることもある。


「俺のような出自の不明な者が、このような大役を任されて良いのか?」


 狂四狼は前田上官に尋ねる。それに合わせるように風助も前田上官を仰いだ。


 前田はその小柄な体に合った小さな眼鏡を押さえながらやや困ったように俯く。そうしてゆっくりとその口を開けた。


「不死身、それはお前が数少ない改造人間だからだ」


 銃を厳しく規制し、徹底的な排除を行った日本において、刀は武力の象徴である。その象徴を試すという大事を狂四狼に一任したのは、狂四狼が警察予備隊の切り札となる改造人間だからだ。


 太平洋戦争の本土決戦にて投入されたこの改造人間、真にこの形態に到達できた者は狂四狼を含めて九人しかいなかったらしい。久我のような者は失敗作であるらしく、失敗作は薬物接種から数分で崩壊の道を歩み、兵器としてはまるで使い物にならないとのこと。


 神威隊はこの僅かな成功例、たった九人で連合国軍相手に決戦を挑もうというのだから大したものである。その結果は無論散々だったが、その多くは国を憂いて最後まで戦った者達だ。新しい日本の象徴である。最後まで戦いぬき、現在も生き残っている改造人間はたった四人だと狂四狼は話を聞いた。


「故に不死身、お前は貴重なのだ」


 そう前田上官は答えた。


「さすがですね。先輩」


 風助も合わせる。


 貴重……。などと言われてもピンと来ない。狂四狼は死刑囚だ。それに変身後の後遺症である隻眼、隻腕、隻脚は隠しようもなく、あと何回変身できるかもわからないのだ。


「あ、ほら、出番ですよ、先輩」


 待機していた朝霞駐屯地本館から狂四狼は背を風助に押されて出る羽目になる。


 今日の狂四狼はいつもの黒い小袖に灰色の袴、それに赤い帯と赤い首巻ではない。裃と呼ばれる肩衣と袴を合わせた武士の正装だ。ラフな小袖が好まれ、着物が一般的に着られる今でもこんな格好をする者はいない。


 なんとなく狂四狼は気恥ずかしくなった。


 多くの人々が見守る中、狂四狼はこほんと軽く咳払いをする。土壇場の中央まで花道の上を歩いた。すると辺りからざわざわと声がした。


「見ろ、足が、片端じゃないか」

「足だけではない。手も義手だ。眼帯もしている」

「隻腕隻脚の剣士の試し切り、どう足掻くか、果たして……」


 なるほど、自分には見世物としての価値もあるのだと即座に狂四狼は把握した。


 罪人は二人いた。二人共若い女で、縄で縛られていた。それぞれ東西に配置され、その中央に狂四狼が来る。警察予備隊員二人がそれぞれ罪人を束縛したまま狂四狼の殺傷圏の外側に移動する。狂四狼を含める合計五名がこの土壇場に残された。


「うぅうぐうガフっふっふう……」

「…………」


 目隠しをされた罪人の内一人が恐怖のあまり体を引き攣らせてもがいている。それを縛り付けた隊員にも力が入る。大人しくしろ何度も何度も背を警棒で叩いている。なんと悽惨な光景だろうか。だが安心しろ、すぐに終わらせてやると意気込む狂四狼。


 狂四狼は与えられた刀、その刀の鞘を頬と肩の間に挟み、ゆっくりと抜刀。千子村正を模した刀が妖しく光る。


 千子村正とは室町時代の伊勢国で作られた、言わずと知れた名刀である。そして数々の伝説を残した、言わずと知れた妖刀である。偽物とは言え、それでも本物を追求しただけあり、かなりの業物であることは手にした狂四狼にもはっきり伝わった。これなら、これならば、……可能だ。そう確信する。


「一太刀にて」


 狂四狼がそう宣言すると場に緊張が走った。狂四狼の正面に座している吉田首相が思わず前のめりになったのを見逃さなかった。


「その隻腕で斬るのか」

「一太刀で? どうやるのだ?」


 野次馬が五月蝿い。黙って見ていろ。


 狂四狼は押さえつけられている罪人と同じ高さになるように片膝を突き、千子村正の柄から切っ先を舐めるように観察する。


 するとその千子村正の切っ先を、ガリっと、噛んだ。


 千子村正を握ったその手は思い切り力を込めている。刀を押さえつけているのは奥歯で噛む力だけだ。右手では刀を思い切り薙ぐように、奥歯は刀を押さえるように、この相反する二つの力が奇跡を生む。


 腰を勢い良く回転させると同時、奥歯を解放する。


 一閃。その太刀は放たれた。流星の如き一撃。


『地獄三刀流・鬼無双』


 地面に平行な一閃、空から見下ろせば円を描くように千子村正は流れ、罪人二人の首を斬った。否、斬っただけではない。罪人二人の首は斬られたにも拘らず、首は胴体の上に乗ったままであった。


「なんと……素晴らしい」


 首相が立ち上がる。


 湧き上がる拍手喝采。


「はっ」


 ただ醜悪。その一言に尽きる。


 祝福のうちに生まれた者がたった今終わりを告げたのだ。人が死んだのだ。それを分かっているのか? 人の死に様を見て楽しむなど畜生の所業だ。お前達は餓鬼そのものだ。そして処刑を実行し、褒め称えられ、担がれる俺こそは救いようのない悪鬼。なんと浅ましいのだろうと狂四狼は思う。


 狂四狼は手早く血振りを終えると千子村正を納刀して、来た花道を急ぎ足で戻り本館に辿り着く。俺に娑婆は似合わない。檻の中の方が良い。そう狂四狼は考えていた。しかし前田上官に式典が終わるまでしばらく待てと命令が下った。


 重たく堅苦しい裃を脱ぎ去り、いつもの黒い小袖に灰色の袴、それに赤い帯と赤い首巻を巻き着替える。そうして総理大臣と国務大臣の有難い挨拶を聞き流す。観閲式は大盛況の下で成功。長かった終わりを見届けると前田上官に呼び出された。


「不死身、鷹山警察監殿がお呼びだ」



****



 早く帰りたいと思っていたが、成功の熱気が冷めない内に事務員の中年の女性に案内される。最早連行に近い形で長い赤い絨毯の敷かれた廊下を歩かされた。その先にあるのは応接間だ。


「どうぞ」


 無機質な声でそう言うと事務員は扉を開ける。


 奥には白髪に白髭を生やした初老の男がいた。遠目でしか見たことはなかったが鷹山警察監で間違いない。高級そうな黒い皮の椅子に腰かけ、机に分厚い書類を並べている。


「自分が二等警査相当、不死身狂四狼であります」


 狂四狼は軽く敬礼をしながら端的に述べる。


「ほっほっほ近くで見ると良い男じゃないか。あの演武は素晴らしきものじゃった。血が沸くようじゃった。こんなに心躍るようなことは久しくなかったぞ。気分が良い」


 鷹山警察監は狂四狼が来ると書類を豪快に腕でまとめて脇にどかす。いくつか机から押し出されて落ちた。それでも鷹山警察監は気にしないようだった。そして狂四狼をソファに座らせると満足そうに狂四狼を褒めた。


 鷹山警察監は褒めながら煙管を取り出す。マッチでの煙管の先端に着火し、そしてゆっくりと紫煙をくゆらす。室内がやや白く煙ったくなる。


「エフ、コふっふ」


 狂四狼はわざとらしく咳き込む。


「お、不死身君は、煙は苦手か?」

「はい、健康にも良くはないので」


 先が短く、日頃から薬物を摂取している者の発言とは思えない。


「こりゃいかん。すまないことをした。実は家内にも良く注意されているのだ。片付けよう……」


 鷹山警察監は煙管を口から外し、カンカンと煙管を灰皿ぶつけ乱暴に灰を落とす。


「こ、こら不死身!」


 脇に控えていた前田上官がその様子を見て慌てた。しかし鷹山警察監は袖から扇子を取り出し前田に前に向けると動きを制した。


「正直で良い。こういう若者が増えれば日本も安泰というものだ」

「ありがとうございます」

「で、本題に入ろうじゃないか。不死身君」

「はい」

「君は今回の観閲式においてまさに主役級の働きをした。儂も君のような才能ある若者を栄えある式で見られて満足しておる。しかし警察予備隊預かりとして君は二等警査以下の待遇だそうじゃないか」


 二等警査とは旧日本軍で言うところの二等兵、つまり下っ端だ。旧日本軍での経験を買われ、部下を持ち、指導し、先日の薄翅蜉蝣衆の討伐に際しても中隊の長の真似事なども行ったがそれはたまたま適任がいなかったからだ。


 本来なら二等警査以下の下っ端で当然だろう。そもそも身分を持つこと自体烏滸がましい。確認するまでもなく、狂四狼は囚人なのだ。


「風間風助二等警察士が経験を積めば、退きます」

「不死身君、来年になるが君を士官待遇で迎え入れる。引き続き遊撃士中隊を導いてくれ」

「お断りします」

「それと、所帯を持ちなさい」

「何っ…………?」


 狂四狼は前田上官の顔を覗いた。前田は両目をつぶると黙って頷く。性質の悪い冗談という訳ではなさそうだ。狂四狼は裏切られ、頭を殴られたような強い衝撃を受ける。


 死刑囚が妻を娶るだと? そんな話聞いたことがない。なぜこれから死ぬ人間に身分を与え、女を与えようと言うのだ? 狂四狼には全く理解が及ばない。


「俺は死刑囚第九号……俺は、死ぬ」


 死刑囚第九号、それが不死身狂四狼の蔑称である。それを確認するように、自分に言い聞かせるように、台詞を吐く。


 するとこのことを予見していたかのように鷹山警察監と前田上官が顔を見合わせた。鷹山警察監と狂四狼の会話を黙って見ていた前田上官が狂四狼に声をかける。


「不死身、お前を裁いた日本軍は、旧日本軍はもう存在しない」

「は?」


 旧日本軍は存在しない? そんな事は知っている。だからどうしたと言うのだ? それで何かが変わると? と様々な思考が狂四狼の脳内で走る。この時の狂四狼はさぞ間抜けな顔をしていただろう。


「存在しない以上、お前の刑も執行されない。執行する組織がもうないのだから」

「そんな馬鹿な話があるか!?」


 狂四狼は激昂し、前田の胸ぐらに掴みかかる。


「そもそもあの裁判はお前を軍に束縛するための不当なものだった。正しく戦い、敵を退けたにも拘わらず、降伏する機会を奪っただのと、そんな筈はない」


「正しいか、正しくないかの話をしているのではない! 刑は確定した! なら執行されるのは当然のことだ! 全てが終われば刑は執行されると言ったのはあんただ! 前田!」


 狂四狼は何度も女のように前田の胸倉を叩く。仕舞いには掴んだ胸倉を引き、遂には応接間の床に倒した。


「やめなさい」


 いつの間にか座っていた筈の鷹山警察監が狂四狼の隣にいた。掴んだその手を制止させられた。その力はとても老人とは思えないほどに強く、何か心に訴えかけるものがあった。


 狂四狼はゆっくりと手を離す。ただ呆然と立ち尽くし、無気力に明後日の方を向いた。


「不死身君、君には旧日本軍の時代も含め、多くの汚れ仕事を引き受けて貰った。その事に関して君が多くの罪の意識を抱え込んでいる様子があることは前田からも聞いている」

「…………俺はただ……」

「薄翅蜉蝣衆を匿った村のこともそうだが、君が行った残虐行為は平和のため、……そして儂らの正当な命令の上に行われたものじゃ。末端の君が気に病む必要は全くない」


「…………」


「必要ならカウンセラーを用意しよう。独房ではない新しい家も用意しよう。他にも必要な物があれば言いなさい。君にはできるだけ長くこの仕事をやってもらいたいと思っておる」


 カウンセラー? そんな物に自身の意識を左右されてたまるかと狂四狼は内心反発した。


「俺の罪は俺だけの物だ。誰にも奪わせやしない」

「…………不死身君、君は死にたいのかね?」


 鷹山警察監は聴く。その顔を狂四狼は見ない。


「……死を望んでいる訳じゃない」

「ならば」

「それでも俺は死に値する人間だ」


 命乞いをして、涙を流し、踏みにじられ、それでも惨たらしく死ぬべき運命にある。そうずっと考えていた。それが叶わないと知り、狂四狼は抜け殻のような足取りで応接間の扉を開けた。もうここで話すことなど何もない。



 ****


 


 外は年末の明るいお祭り騒ぎ、つまり今日は降誕祭、またの名をクリスマスだった。元々日本には降誕祭を祝う習慣はなかった筈だが、誰かが金儲けのために流行らせて今に至るらしい。日本人一致総団結が叫ばれ帝王の下に集まることが要求される社会において宗教が厳しい批判に晒される中、珍しい現象だった。


 狂四狼は赤い首巻きに顔を埋め、降誕祭近くで賑わう東京の雑踏を通り抜けるように隻腕隻脚で歩いている。


 東京は様変わりしていた。焼け野原だった町には舗装された道路が人体の血管のように絡みあい、煉瓦積みの建物や鉄筋の入った石造りのビルが立ち並び、きちんとした和服に身を包んだ旅行者や小袖を重ね着するだけの日雇いの労働者まで、往来する人々は活気に溢れていた。


 狂四狼は任務以外のほとんどの時間を独房で過ごしてきたため近年の東京を知らない。しかし実際に歩いて目の当たりにすると復興は狂四狼の想像よりもずっと早く、目覚ましい速度で進んでいるようだ。


 戦後でも国家総動員法はまだ有効であり、政府の命により多くの人手が東京復興に尽力しているのも理由の一つだろうが、それ以上に底から這い上がろうとする人の熱気のようなものを肌にひしひしと感じる。


「すげぇな……それなのに俺ときたら……」


 狂四狼は何時間も歩き続け郊外へ、人気のない方へと向かう。そうしてようやく目的の場所へと辿り着いた。闇市だ。戦争が終わった直後よりは小さくなっているが、まだ存在していた。


 戦後復興に朝鮮特需で日本経済は上向いたが、ここにはその恩恵に預かれなかった少年少女達が沢山いる。戦災孤児と呼ばれる子供達である。


 彼らは正月を祝う家族は勿論、経済的余裕もない。狂四狼は屈んで路上で座り込む野性的な子供達と視線を同じ高さにするといくらかのお金を包んだ。


「これで買えるだけの酒をくれ」

「……え、こんなに」

「あるだけで良い」

「やったやった」


 大急ぎで闇市の子供達が酒瓶を用意する。その目にはこの厳しい冬を越せるかも知れないという希望が宿っていた。


 その様子を狂四狼は暖かい目で見守る。


 独房の中に置いてある新聞で読んだ情報だが、最近国は町の浄化と犯罪の防止のために孤児を町から追い出そうと強硬手段に打って出ているらしい。具体的には浮浪児を沢山捕まえてトラックの荷台に乗せるて、どこかへ連れていってしまうということだ。山奥で捨てられるというのが専らの噂だそうだ。


 戦争が終わっても彼らの未来は保障されない。明日をも知れぬ身なのだ。そして狂四狼も楓と出会わなければその子供達と同じであったに違いない。


「どうぞ」


 狂四狼は酒瓶を三本受け取る。


 この酒はバクダンと呼ばれている。それは酒と称して良いかわからない物で、工場で使われる燃料用アルコールを水で薄めただけの代物だ。最早飲み物ですらないそいつを一気に煽ると冬の寒さが多少緩和されて、体の奥から温まった。


 どこか静かな場所を探しまた彷徨う。


 近くで、潰れた小屋の上に廃材が山積みになっている空き地を見つけた。瓦礫を足の踏み場にし、隻腕と隻脚で慎重に落ちないように丘の頂上まで辿り着くと、打刀と酒瓶を抱くようにして酒を煽った。


「雪……」


 狂四狼は生きる目的を失った。そして死の宿命から逃れた。ただ塵芥に埋もれ、死んだような目でただ静かに灰色の虚空を見上げていた。


「お酌、しましょうか?」


 ようやくか、と狂四狼は思う。


 朝霞駐屯地を出てから、ずっと狂四狼の五歩後ろを歩いて来た女がいた。どこかの戦国時代の姫のような重たそうな紫色の打掛と白小袖に豪華絢爛な金の刺繍の施された帯をまとった女だ。こいつのせいで町中ではずっと視線を集めた。


 安酒以下の酒、酌をしてもらうほどのものではないが、それもまた一興かとも思う。


「頼む」


 狂四狼が許可を出すと少女は塵芥の丘を登る。


 ここで狂四狼は初めて女を注視した。


 まず目を引いたのが輝く純白の髪だった。それが肩までほど良く伸ばされて清楚なおかっぱ頭を作っている。次に印象的だったのが燃えるような灼熱の朱色の目。どこか浮世離れしたような、儚さを思わせる。


 恐らくはまだ十代半ばといったところで戦前ならば学生だろう。しかしほっそりと整った顎、巨匠が魂を込めた一筆でさっと描いたかのような眉、紅もつけてないのに桃色の薄い花唇を持つ彼女は、まるで見る者の魂を取って食らいそうなほど大人びた妖しい雰囲気を持っている。そういう小柄な少女だった。


「お酒をこちらへ」


 その少女が透き通るような声で囁き、体を密着させる。


 女の良い香りがする。これがフェロモンと呼ばれる物なのかと納得しながら狂四狼は酒瓶を手渡した。


「どうぞ」


 少女は酒瓶を貰うと持っていたのか、朱塗りの盃に酒を注ぎ、狂四狼に手渡す。


「うん、…………美味いよ」

「そうですか」

「…………」

「…………」

「良い雪だな」

「ええ」


 狂四狼は少女にも酒を促し、二人で一つの盃で酒を飲み干す。注がれた酒を飲み干すばかりで会話はほとんどない。それでも焦りはなかった。自分のことをどう思われようが構わない。狂四狼は自分を取り繕う必要などないのだから。恐れることは何一つない。


 そうしているうちに酒のせいかやや眠たくなってくる。このまま眠ってしまえたらと楽だと思う。


「今日は、死ぬにはもってこいの日か?」


 死ねば殺してしまった柳生楓への贖罪にもなるだろう。復讐を終えたが、今狂四狼に残ったものと言えば殺人の技術ぐらいなものだ。他は空っぽで自分自身に核となるようなものを何も持っていない。


 狂四狼は僅かに少女に身を預けるように体重をかける。


「――私は、死にたがりは嫌いです」

「くくッ……ははは、そりゃ嫌だな」


 初対面でその挑発的な物言いは心地が良く、狂四狼にある種の懐かしさを感じさせた。生きる目的を失った狂四狼だが、もうしばらく怠惰に生きても良いかなと思わせた。


 酒瓶を二本空にし、瓶を捨てると立ち上がる。


「俺の名は不死身狂四狼。名前は?」

「夜行満月」

「帰るか満月。家、案内してくれるんだろ?」

「はい」

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