第39話 果物食べ放題

 僕にとって初めての領都ソウレインは目新しいことばかりで、新しい出会いも沢山あり、とても素敵な時間を過ごした。


 スラム街の一件を終えて、その日もお父様のたっての希望でもう一泊する事になったのだが、白銀商会との兼ね合いもあったりしてその一泊が大きな意味を成した。


 その理由は――――――




 数日後。


 ジアリス町に戻ってきた僕は早速領民達に事情を説明し、これからのジアリス町の在り方を色々模索する事になった。


 そして、本日。


 遂にそれらはやってきた。



「こ、此度はお誘いくださり感謝申し上げます」


 と挨拶をするのは、ソウレイン都のスラム街で会った集団のリーダー的な存在であるヒブ爺さんだ。


 そして、数台ある荷馬車の中からジアリス町の領民よりも多い、スラム街の人達が降りて来る。


「みなさん。ジアリス町へようこそ。歓迎します」


 みなさんもぺこりと頭を下げてくれる。


 それにしても相変わらずの匂いがジアリス町に広がっていく。


 領民の中には少し顔をしかめる人もいたけど、全員がスラム街を知っていたし、中にはスラム街出身もいるから今か今かとソワソワしている。


「では、これからこちらのバロンくんの指示に従って動いてくださいね~」


 バロンが手を上げるとスラム街の人達が動き始めた。


 数秒後、ジアリス町に感服した声が鳴り響く。


 真っ先に行ったのは、アクア様が待っている噴水の前。


 そして、アクア様に簡易シャワー魔法で全員を綺麗にしていった。




「中々凄い光景ですね」


「彼らを先導してくださってありがとうございます。ハーミットさん」


 白銀商会の総帥ハーミットさん自らやってきてくれたのだ。


 握手を交わしてからずっとアクア様の活躍を眺めている。


 水の神様であるアクア様の活躍は奇跡に近いらしく、ハーミットさんも両手を合わせてありがたや~と祈っていた程だ。


「ハーミットさん~」


 後ろから可愛らしい声が聞こえて、一緒に振り向くと笑顔のセレナちゃんがいた。


「これは、お待たせしました。では先に商談と参りましょう」


「よろしくお願いします」


 二人は荷馬車に向かい、なにやら紙と睨めっこしながらあれやこれやと話し始めた。


 これは、前回領都と訪れた時に持っていたジアリス町産果物や野菜を白銀商会に卸したのだけれど、素材の良さから査定が厳しいと売り捌いてから支払う事となり、いまその話を進めているはずだ。


 さらにこれからジアリス町から果物や野菜を白銀商会に卸す事になっている。


 今日は現場であるジアリス町の様子見と、スラム街の人達を連れて来るのが目的だ。


「キャンバル様。彼らのシャワーが終わったのでこれから果物の体験に移らせて頂きます」


「よろしくね!」


 爺が一礼してまたバロンくん達のところに戻る。




 暫くして商談が終わったようで、セレナちゃんとハーミットさんと共に果樹園に向かう。


 あれからジアリス町の農業もずいぶんと広まって、今では町の中心部の噴水から周りに家をそのままに、以前僕が増やした分の土地を全て農業用土地として使っている。


 町民達や屋敷で食べる分は十二分に手に入って、その数倍は余るようになった。


 最近はもう少し働き手が欲しいと思えるようになっている。


 さらに言えば、もう一つ大きな事があったんだけど、それはまた後ほど。


「わあ~! この果物凄く美味しい~!」


 果樹園から黄色い声が鳴り響く。


 スラム街の人達が体験しているのは――――――なんと! 果樹園の果物食べ放題~である!


 1メートルの高さに実が成っている果物をもぎ取ってその場で食べる。


 食べるとジューシーな果物の甘い果実が口いっぱい広がる。


 そんな幸せが目の前にどこまでも広がっているのが、ジアリス町の果樹園果物食べ放題である!


 そんな中、無気力だった大人達が空を埋め尽くすかのような果物をもぎ取っては、手が届かない子供達に渡す姿が見える。


 食べたくても手が届かない子供達のために真っ先に手を伸ばす大人達。


 日頃、彼らに食料を分け与えているのが子供達だと聞いている。


 だからこそ、彼らに絆が繋がっていると思う。


 果物を口にして「美味しいね~!」「あ、ああ……美味しいな…………」「おじさん、美味しすぎて泣いちゃってる? 大丈夫?」「あまりにも……美味しすぎてな……」と話し合う姿が見える。


「キャンバル様。良かったですね」


「そうだね。彼らが一瞬でもいいから元気を取り戻せたのなら、凄く嬉しいな」


「取り戻せたと思いますよ。案外これからずっとかも知れません」


「そうなったらいいな」


 僕の右手をぐっと握る感触が、目の前の光景と共に幸せを感じた。

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