第37話 初めて見るスラム街

「お、おはようございます」


「お、お、おはよぉ…………」


 あまり眠れなかった。




 ◆




 お父様の屋敷二日目。


 朝食は簡潔なモノを沢山の種類食べる。


 ただ驚いたのが、朝食の量がものすごく多くて食べ切るのはムズそう。


 お父様と少し談笑を交わしたけど、量が多い事が気になってあまり集中できなかった。


 案の定、沢山並んでいた食事は全部食べる事ができず、余った分は取り下げられる。


「お父様?」


「うむ?」


「あの食べ物はどうなるのですか?」


 一瞬不思議そうな表情を浮かべると、すぐにニヤッと笑みを浮かべる。


「捨てる――――と思うか?」


「えっと、どうなるのかな~って」


「がははーっ! 余った食事はお城の者が食べたり、この街にあるスラム街に持って行っている」


 捨てられる事なく、ちゃんと誰かが食べてくれるなら良かった。


 それにしてもスラム街って何だろう?」


「お父様。スラム街というのはどういう所ですか?」


「うむ。行ってみるか?」


「はい! ぜひ行ってみたいです!」


 隣のセレナちゃんが複雑な表情をしているのが気になったけど、今日はお父様とスラム街に向かう事となった。


 何人かのメイドさんに衣装を着替えさせられるのも恥ずかしかったけど、爺曰く、ここでは素直に従うように言われている。


 お城の庭に準備されていた立派な馬車に乗り込んだ。


 僕と隣にセレナちゃん、向かいにお父様とその隣に凄くかっこいいお兄さん。


「こちらは護衛隊長のセブンだ」


「初めまして。キャンバルです」


「!? キャンバル様!?」


「がーはははっ! セブンも気づかぬ変わりっぷりだからな!」


 あっ…………知り合いだったみたい。


 このお城にはキャンバルさんを知っている人が多いのよね。


 メイドさんから執事さん、偉い人達もみんな同じ反応をする。


 窓の鏡に映る自分の顔は、この世界で目覚めた時の顔と全然違うもんな。


 昔の太った姿はどこにもなくて、すっとした体形になっているから、今の僕に会う人はキャンバルだと思う人は誰一人いない。


 窓の外の風景が貴族区から一般区に変わる。


 こちらを見つめる領民達が増え始めるのが分かる。


 こちらに笑顔で手を振っている子供もいるけど、それくらいお父様は慕われている領主様という事だね。


 ふと、ジアリス町の領民達を思い出す。


 今頃、美味しい果物の世話をしたり、おじさんズは魔石を取ったり、アクア様はまた雨を降らせて遊んでいるのかな~?


 景色がどんどん変わって、今度は少し家がぼろい地区に入っていく。


 一般区から急に景色が変わって、どちらかというと――――――ジアリス町の雰囲気を覚える。


「ここは……?」


「キャンバル様。ここはスラム街です」


「スラム街?」


 僕は高鳴る胸を押さえながらセレナちゃんを見つめる。


 毅然とした態度で僕を真っすぐ見つめる彼女だった。


「身寄りがない人、働けない人。そういう人が集まる場所。それがスラム街です。キャンバル様」


「!?」


 セレナちゃんの答えに僕はその場に立ちあがり、窓を開け顔を外に乗り出して周りを見つめる。


 道沿いにはみすぼらしい格好で無気力な大人や、やせ細った子供達がこちらを見つめていた。


 僕の左手に暖かい感触が伝わってくる。いつの間にか拳を握りしめていたみたい。


「お父様」


「…………ここにいる者達を救いたいのか?」


「っ…………」


「それができていれば、スラム街はない。わしも長年スラム街をどうにかしたいと取り組んできた。だが…………抜け道が見つからないのだ」


「…………」


 心の底から悔しい気持ちが溢れてくる。


 向こうで開かない窓の中から外を眺めるだけの生活を送った記憶が蘇る。


 ここに来て、キャンバルさんになったおかげで僕は自由に走れるようになったし、美味しいモノも食べれるようになったし、セレナちゃんとも手を繋げられるようになった。


 左手に伝わる暖かさはここが現実だと教えてくれる。


 だからこそ、窓の外の景色が僕にとっては衝撃的な光景だった。


 昔、母さんがどうしても読んで欲しくない本があった。


 僕は何度もお願いして、何とか読む事ができた。


 その本には生きる事に絶望した人、誰かを信じる事ができず孤独になった人、誰かに憧れるばかりで背伸びして何も達成できず絶望した人。


 そんな人達が沢山書かれていて、僕はどの人も理解出来なくて、母さんに聞いた時、「生きるのは本当に難しい事で、無意識でも一生懸命に生きている誠也は偉いね」と優しく頭を撫でられたのを覚えている。


「キャンバル。スラム街を歩く勇気はあるか?」


「はい」


 迷うことなく、心を持って返事をした。

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