第36話 昔の息子。今の息子。
お父様に現状を報告して、真っすぐ帰ろうとしたら爺に怒られ、お父様からも今日は泊っていけと言われて泊る事となった。
隣にいたセレナちゃんが少し残念そうにしていたけど、まさかお父様と顔を合わせるのがこんなに緊張するとは思わなかった。
食事会は他の兄弟と義母様はいなくて、お父様一人と僕、セレナちゃんの三人での食事会となった。
「お、お父様!」
「うむ?」
「こちらはセレナと申します」
セレナちゃんもペコリと頭を下げる。
「うむ。ジアリス町の民だな?」
「はい。えっと~それと~」
「うむ?」
「………………そ、その、あの…………え~あ~」
「…………?」
な、中々言い出せないよ!
そもそも婚約って結婚前に許可を貰う事で、結婚って凄く大切なモノらしいんだけど、僕って結婚できるのって気持ちがまだあるんだよ!
「なるほど。ここに連れて来たってことは、そういう事か。娘よ」
「は、はいっ!」
「……キャンバルはどうだ?」
まさか僕の事を聞く!?
隣のセレナちゃんが優しい笑みを浮かべる。
「正直に申し上げますと、最初は酷い領主様だなと思っておりました。ですが、今は素晴らしい領主様でジアリス町はとても住みやすい町にもなり、私含め町民全員が楽しい毎日を送っています。バルバギア王国軍が攻めてきた時も町民全員の意志はキャンバル様のために命を投げ出してもいいと誓う程です。ですがキャンバル様はその知略と勇気で町を守ってくださいました」
セレナちゃんのべた褒め言葉に何だか恥ずかしいけど、それをじっくりと聞いているお父様は目を瞑り頷いていた。
「…………そんなキャンバル様の隣で一生遂げたいと……思っております」
「ふむ。キャンバル」
「は、はい!」
「確かに以前と比べて素晴らしい領主になったようだな」
「あはは…………」
「だが、まだ男としてはなっておらん」
「え、えっと…………男というのは……?」
目を開けたお父様は――――きっと怖い目をしていると思っていたけど、そこにあったのは優しさに溢れる目だった。
「ここまで慕ってくれる娘の紹介くらいしっかりせい。将来を約束しているのじゃろ?」
「!? は、はい! じ、実はこちらのセレナちゃんと、こ、こ、婚約を許して、貰いたく、存じます!」
隣のセレナちゃんから小さくクスッと笑う声が聞こえる。
「そうか。――――――男女の恋仲を親がとやかく言うのは違うとわしはずっと思っておる。欲を言えば、キャンバルは長男として隣国や他高位貴族、王族との政略結婚を考えておった」
「!?」
「だが、良くも悪くもお前の噂が国中に広まっている。残念ながら政略結婚も難しいのだ。それに――――――わしも自分がしたように、愛した者と繋がった方が幸せになると思う。だから、二人が婚約をしたいのなら許そう。ただし」
「ただし!?」
「結婚式は必ず領都で行う事。それが条件だ。良いな?」
「あ、ありがとうございます!」
びっくりしてその場に立ち上がって喜んでしまった。
そんな僕の姿を見て、大声で笑うお父様に、僕は嬉しさを感じる。
隣のセレナちゃんも凄く嬉しそうで、どちらかと言えば、セレナちゃんが嬉しそうにしてくれるのが一番嬉しかったかな?
それから、町であった事を一つ一つ話しながら、談笑と食事を進めて夜が更けて眠りについた。
案内された部屋はセレナちゃんと同じ部屋だったので、緊張で中々眠れなかった。
結婚って…………凄く難しいかも知れない。
◆辺境伯執務室◆
辺境伯執務室には辺境伯とキャンバルの執事であるセバスの姿が見えていた。
「セバス」
「ははっ」
「息子はどうした」
「…………」
その場でセバスが両ひざをついた。
「旦那様。
「どういう事だ?」
「…………私はあろうことか、この手で――――キャンバル様を亡き者にしようとしました」
「!?」
セバスの告白にあまりの衝撃かテーブルに上げていた辺境伯の両手が震えだす。
「本来なら約束通り、キャンバル様が最後まで楽に生きれるようにと…………そう覚悟を決めておりました。ですが、キャンバル様は隠居の腹いせを領民に当て始め…………わたくしは耐える事ができませんでした」
「続けろ」
震える声で目頭を押さえる辺境伯が言う。
「ただの高熱を出す毒キノコでした。そして、狙い通りキャンバル様は高熱と出され……三日間一人で過ごされました」
歯を食いしばる辺境伯。
「そして、三日が経過しました…………わたくしも後を追うつもりでしたが…………そこに現れが彼でした」
「彼というのは?」
「身体はキャンバル様のままです。何一つ変わっておりません。ただ、その
「精神が……変わる?」
「はい。キャンバル様はご自身を――――スズキセイヤとなる者だと話されておりました」
「スズキセイヤ……?」
「聞いた話によると、8歳の子供のようです。こことは違う、どこか遠い国からとの事ですが…………恐らく今の世界にはない国なのでしょう」
キャンバルがキャンバルでなくなった話に、辺境伯の瞳が真っすぐセバスを見つめる。
あのセバスが嘘を吐くはずもなく、インハイム家で一、二を争う程の忠臣の事だ。全ては真実だろうと思う辺境伯。
「そこからキャンバル様は変わりました。以前のような世界に絶望した態度もなく、誰かを蔑む事なく、――――ご自身の身体を傷つける事もなくなりました。毎日ジェラルドとジョギングや剣の稽古を受け、毎日
「なっ!? キャンバルに魔法だと!?」
「本当の事でございます。属性の数についてお教えする事はできませんが、今のキャンバル様は素晴らしい魔法使いでございます」
あまりの突然の事に、辺境伯は思わず椅子にもたれかかった。
「それに極めつけは――――ジアリス町にアクア様が降臨なさいました」
「なんだと!?」
「今のキャンバル様には不思議な力がございます。それは魔法や武力ではなく――――天真爛漫に慈しむ心。それが今のキャンバル様でございます」
「…………」
辺境伯は今一度聞いた話を頭の中で整理する。
そして、大きく深呼吸を繰り返した。
「旦那様」
「?」
セバスがそのまま土下座をする。
「わたしめはあろうことかキャンバル様を手に掛けました。これは消えない罪です。ですがキャンバル様からも最後までずっと隣で仕える事を許して頂きました…………この老いぼれの命など惜しくはありません。ですが…………キャンバル様の、せめてもの花婿姿を見るまで時間をくださいませ」
「っ…………セバスよ」
「ははっ」
「…………お前は良き忠臣だ。主の暴挙を未然に止めるべくして頑張った事だ。わしはそれを咎める事ができぬ。何故なら、もしそこにわしがいても同じ事をやったはずだ。そこに愛がなければ、お前はあの子を手に掛けたりはしなかっただろう。だから――――」
ゆっくり立ち上がり、セバスに近づいた辺境伯は、セバスの両手を握った。
「わしの息子を守ってくれて……本当に……ありがとう」
辺境伯が流す涙の意味。セバスは痛い程知っていた。
だからこそ、セバスもまた嬉し涙を流す。
「とんでもありません。旦那様の想い。必ずやキャンバル様にも届きましょう」
元々キャンバルがやさぐれた原因は辺境伯にあった。
最愛の妻だったレイヤを失った悲しみ。その愛の結晶というべきキャンバル。
だがそれが、あだとなったのだ。
辺境伯はキャンバルを見る度に亡くなった妻を思い出して、そこから逃げるようにキャンバルと距離を置いてしまう。
長男でありながら、母も居ず、父とも会えない生活が続く。
辺境伯は亡くした妻を忘れようと新しい妻を迎え入れるが、それがまた溝を生み、キャンバルに居場所がなくなったのだ。
キャンバルは、少しずつ父と母を恨むようになる。
そして、気づけば誰も信用する事なく、ただ生かされる現実に目を向けられない――――愛を知らない大人に育っていたのだ。
その現実を今でも後悔している辺境伯だからこそ、今のセバスを罰する事はできなかった。
全ての原因は自身にあるからこそ。
辺境伯は――――――セバスの姿を見て、もう一度我が息子と向き合おうと決意した。
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