第29話 不器用な恋をする二人

 全神経を集中させて周辺の気配を感じ取る。


 寝静まった暗闇の中なら、動く何かも少ないはずだ。


 必ずあるはずだ。


 僕は全力で気配を探知し続ける。


 そして、


 森の中を走っている人が見つかった。


 気づけば、全力疾走でその場所に向かっていた。




 途中で合流したそれは動く速度を上げたのだが、既に僕の範囲内だ。


 電撃属性を身にまとう事で、とんでもない速さを手に入れられる。代わりに全身が速度に耐えられないと自滅さえ覚悟しなくてはならない。


 でも不思議と今ならいける気がした。


 だから電撃属性を身にまとって、僕は全力で飛び出した。




 走り込む荷馬車。


 遠くからでも中にセレナちゃんがいるのが分かる。


 それを嫌らしい目で見つめて笑い声をあげる男の姿が見えた。


 それから記憶がない。


 気が付くと、目の前に腕を斬られて男が転がっていて、僕はぼーっと涙に濡れた大きな瞳を覗いていた。


 本当は誰かを殺したりしたくなかった。


 だって…………認めたくないけど、僕はこの世界に死んだから来たんだと思うんだ。


 死ぬ間際、母さんのあんな悲しそうな顔を今でも覚えている。


 人が死ぬって事はそれだけ残った誰かが悲しむという事。


 でも生き残った悪意でまた誰かが泣く事だってあるんじゃないか?


 僕は静かに男の心臓に剣を突き刺した。


 一瞬で身体が動かなくなった男を見捨てて、馬を捨て逃げる御者を見送り、ゆっくりとセレナちゃんを抱えて暴走する荷馬車から飛び降りた。




 涙に濡れた瞳が僕を見つめ続ける。


 優しい彼女は、もしかしたら人を殺めた僕をいましめるかも知れない。


 そう思うと心に不安が溢れる。


 でも、もし彼女から嫌われても、僕は彼女を助けたい。


 ゆっくり彼女の手と足の縄を斬り、口の縄を斬った。




「キャンバルさまあああああ」




 真っすぐ僕の胸に飛び込んだ彼女は、大きな声をあげながら――――泣いた。




 ◆




 大きな木の下。


 世界が暗闇に支配されている中、僕の右手には温かい感触が伝わってくる。


 手を繋ぎ、大きな木に背中を預け、僕達はただ遠くにあるジアリス町を眺めている。


「ねえ、セレナちゃん」


「はい……」


「ごめんね」


「…………私、ずっと思っていたんです。あの男に連れ去られている中もずっと…………ずっとキャンバル様の事ばかり考えてました」


「僕の事?」


「後悔してました。私如きが……キャンバル様に相応しくないのは知っていたのに、でも心の底で…………キャンバル様が大きくて…………」


 セレナちゃんの切ない声が空気を通じ、握った手を伝い、僕の耳に僕の肌に伝わってくる。


 どうしてか、心が痛くなって、今にも泣きそうになる。


「だから……私を大好きと言ってくださったキャンバル様に……答える事ができなくて……それが悔しくて、辛くて…………でも分かったんです。私は逃げていただけだと。キャンバル様に――――私の心を伝えるのが怖くて、嫌われるのが怖くて」


 涙が零れる。


 嫌われたくない。その言葉が。僕も同じ事を思っていたから。


「えへへ……私って本当にどうしようもないです…………もうキャンバル様と二度と会えないと思ったら…………やっと自分の心に正直になろうと決めて……もう遅いはずなのに…………」


 僕は握った彼女の左手を強く握り返した。


「キャンバル様。私――――」


 暗い夜に一筋の光が差し込む。


 高い山の奥から赤い光が世界を照らし、暗闇から眩い祝福にも思える光が世界を包み始めた。


 ――そして。


「――――キャンバル様が大好きです」


 木々の隙間から差し込む光を受けて神々しいとさえ思える彼女は、まだ頬に涙の跡が残っていながら笑みを浮かべて僕を真っすぐ見つめてそう話した。


「僕もセレナちゃんがいなくなったら凄く嫌な気持ちになって……今日もセレナちゃんを嫌らしい目で見てたあの人達が凄く嫌で、でも本当は…………セレナちゃんが僕を嫌いになっていなくなるのが一番怖かった。誰かに…………置いて行かれるのが怖くて、でもそれがセレナちゃんだと思うと、良く分からない感じで胸の中がぎゅーっと痛くなって……」


 ふんわりと彼女の優しい香りが広がる。


 僕の肩に顔を近づけて来た彼女は右手で僕の胸に優しく触れる。


「私も胸の中がぎゅーっと痛くなります。でもこうしてキャンバル様と繋がっていると、どうしてか和らいで、凄く幸せな気持ちになるんです」


 彼女の手は魔法のように、僕の胸の中の痛みを治してくれた。


「うん。僕も痛くない。凄く幸せな気持ちになったよ」


「キャンバル様? 私の事……まだ好きですか?」


「もちろんだよ! セレナちゃんの事、大好きなんだから!」


「私もです。キャンバル様の事。世界で一番大好きです」


 あれ?


 僕の心臓の音がものすごくうるさい。


 どうしたんだろう?


「キャンバル様…………」


 彼女がゆっくり近づいてくる。


 息がぶつかり合うくらい近くに来た彼女の顔が、とても綺麗で目が奪われる程だ。


 僕の肩に手を上げた彼女は身体を乗り出して――――――






 僕達は初めて唇を重ねた。






「あわわ! ご、ごめんなさい!」


「う、ううん! す、凄く嬉しいよ!」


 こ、これって…………本で読んだキスっていうやつじゃ!?


 あわわしている彼女も可愛いけど、今はそれどころじゃなくて、自分の心臓の音が大きすぎて、心臓をぎゅっと押し込んだら寧ろドクンドクンって音が手に伝って来て、何だか恥ずかしくなる。


「きゃ、キャンバル様!」


「う、うん!」


「わ、私のわがままで……その……き、キスを…………したので……」


「う、うん……」


「次はキャンバル様が欲しいモノを言ってください!」


「僕が欲しいモノ?」


 何となく僕の視線が――――――


「えっと、お、おっぱい……触りたいかも」


 一瞬ポカーンとした表情を浮かべた彼女は「ぷふっ」と笑いだした。


 そして、彼女は僕の両手を――――自分の胸に案内してくれた。


「キャンバル様……? これ凄く恥ずかしいんですよ? そ、その…………触りたい時はちゃんと言ってくださいね? それと……他の人の胸は……触らないでくださいね……?」


 恥ずかしそうにお願いする彼女がまた、ものすごく可愛かった。


 それと初めて両手いっぱいに揉むおっぱいはとても柔らかかった。

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