第28話 悪意

 屋敷の外に出た瞬間、屋敷の後方から爆発の音が響く。


 視線の先がたちまち赤く染まっていくのが見えた。


 数秒もしないうちに屋敷に繋がっている水路から物音が聞こえた。


「バルくん。何事?」


「アクア様。敵のようです」


「えっ? 敵? おいらがいるのに?」


「それが……何やら人のようで…………」


 そう話すと「あ~なるほどね~」と複雑な表情をする。


「アクア様? あの火事を止めて頂く事はできますか?」


「もちろん~任せておいて~!」


「お願いします! それと、もしかしたら町の中にもそういうのが起きるかも知れませんので、その時はお願いします」


「わかた~バルくんも気を付けなよ? 死んだら許さないもんね~」


「もちろんです! 僕もまた・・死にたくないですから」


 アクア様に消火をお願いして、僕は真っすぐ町に向かって走り続けた。


 暗闇の空に眩しい光があちこちから上がる。


 あれは魔法を使う光だ。


 急いで向かうと、噴水の前でバロンと大きな身体を持つ男が対峙していた。


「我が声に答えて敵を燃え滅ぼせ! ファイアーランス!」


 二つの炎の槍を生成して男に投げ飛ばすと、男は避ける事ができず、肩と足が貫かれて悲痛な叫びをあげた。


「バロンくん!」


「バルくん! 敵みたいだが心配すんな。こいつらあまり強くねぇ!」


 どうやら敵は戦闘にあまり慣れていない?


 いや、多分うちの護衛部隊が強いんだと思う。


 だって、肩と足を焼かれて泣き叫んでいるおじさんは筋肉もりもりで見た目ですでに強そうだからね。


「バロンくん。油断せずにみんなのところに合流しよう」


「そ、そうだな! それは向こうに行く!」


「分かった!」


 僕とバロンくんが手分けして町を走り回り、戦っている仲間達と合流して敵を討つ。


 全員捕まえて噴水の前に集まった。


「ベリル!」


「キャンバル様。犯人はこいつですね」


 そう言いながら、既に足が一本ないふくよかな身体は、今日見た顔だった。


「まさかこんなに早く会えるとはな。グレイン」


「ひい!? ば、化け物!」


「…………それはこっちのセリフだよ。お前達は人の皮を被った悪魔だろう」


 グレインとそのほかは護衛だった5人の男だ。


 …………。


 …………。


 ん? 6人?


 さっきは確か全員で人だったはずだ。


 護衛6人とグレインと店員、御者の計9人。


 ここには護衛5人とグレインしかいない。


 店員と護衛のリーダーっぽい男が見えない。


 この人達の狙いはそもそもなんだ?


 ジアリス町を襲ってもお金になるようなモノは――――屋敷ならあるかも知れない。


 となるとあの二人は火事の場所か。


 向こうにはジェラルドがいるから大丈夫だろう。


 …………。


 …………。


 何か腑に落ちない。


 心の中のざわつきが収まらない。


 何か見落とした?


 …………。


 …………。


 ふと、セレナちゃんを嫌らしい視線で見つめる護衛達の顔が浮かんだ。


 セレナちゃん?


「グレイン! 護衛のリーダーはどこだ!」


「ひ、ひひひひひ! あひゃひゃひゃ! そうだ! あの小娘がいた! 貴様らの負けだよ! あの小娘は今頃――――」


 グレインの卑猥な笑みに、僕は気づけばどこかに向かって走り続けていた。


 セレナちゃんが――――危ない。




 ◆セレナ◆




 キャンバル様…………。


 屋敷に火の手があがり、心配になって行こうとした時、私は大きな男に襲われ捕まってしまった。


 きっとこのままこの男に好きなように弄ばれ売られてしまうのでしょうか……。


 キャンバル様が立派な領主様になって、気づけば私はキャンバル様に恋をしていたかも知れない。


 でも私がキャンバル様に相応しくないのも知っていた。


 だからこそ……できればこのまま彼の隣で力になりたかった。


 実らない恋だったとしても、私はずっとキャンバル様の隣で…………お仕えしたかった……。


「ベンクさん! こっち!」


「きしししし、でかした!」


 私を乱暴に荷馬車に投げ込んだ男は御者に命令して荷馬車を走らせる。


 そして、嫌らしい表情を浮かべて動けない私に近づいてきた。


「きしし~こんな田舎に護衛と言われた時はどんなつまらない依頼かと思ったら、こんなに可愛いのがいるじゃねぇか~! きししし!」


「っ!」


 手足口が封じられて動けない私は必死に身体を動かしても解く事ができず、ただ悔しくて涙が流れた。


 これからこの男が私に何をしようとするのかぐらい知っている。


 それがまた悔しくて…………せめてもの望みがあるなら、初めてくらい好きな人に捧げたかった。


 笑うと顔全体がくしゃっとなって、それがまた愛おしくて、いつも楽しそうにしてくれるあの人の笑顔が浮かんでくる。


 願わくば、あの人は無事でいて欲しい。


 もう二度と会う事はないと思う。


 そう思うと、悔しさよりも悲しさよりも――――――寂しさで涙が溢れた。


 伝えておけばよかった。


 私も大――――――















 荷馬車の天井が崩れ何かが降りてくる。


「おい。下種」


「な、なんだ貴様!」


 降りて来た男は怒りに染まった表情のまま、手に持っていた剣で私を攫った男を斬りつける。


 鮮血が目の前に美しく散っていく。


 その奥から私を見つめる美しい金色の瞳が見えた。

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