第8話 走る喜び

「ではキャンバル様。まずは『落ち着く』という事を覚えましょう」


 落ち着く?


 僕が不思議そうな表情をしていると、ジェラルドさんが大きな深呼吸を見せてくれた。


 何となくそれに習って同じことを繰り返す。


「身体を動かす事は、常に冷静に自分を見つめなければなりません。焦りや疲れがでたのでは、動きにより無駄が出てしまい疲れが溜まってしまいます」


 とにかくいっぱい走ったら良い訳ではないのかな?


「ではこれから屋敷の周りを走りますが、最後まで俺と同じ速度で走ってください」


「はい!」


 最初はほぼほぼ歩く速度で走り出したジェラルドさんを追って走る。


 違う点があるなら、歩いている訳ではなく、歩く速度の走りである事だ。


 走るってとにかく早く走るもんだと思ってたけど、こういうゆっくり走るのもあるんだなと感心しながらジェラルドさんと並んで走る。


 そして、何となくジェラルドさんの腕の動かし方や足の動かし方にも注目する。


「キャンバル様。走って疲れて来ると身体が丸まってしまいます。それはキャンバル様だけでなく、みんなが自然とそうなります」


 昨日の全力疾走を思い出してみる。


 確かに後半は胸が苦しくて前のめりになっていた気がする。


「身体は常に真っすぐ立て、ほんの少しだけ、気持ちの分だけ上半身を前に出します。次は両足です。走っている以上、地面についてるのは殆どが片足です。右と左それぞれに身体の全体の中心を切り替えながらゆっくりと走ります」


「はいっ!」


 正直に言えば、全然楽しくない。気持ちよくもない。


 でも何故か――――すごくワクワクする。


 このまま走り続ければ、いつかあの時の風をまた感じる事ができるかも知れない。そう思うと、いつの間にか笑顔が零れていた。


「一段階速度を上げますが、決して無理はせず、自分の身体の中を意識してください。それを息もできるかぎり均等に。走っている自分が自然に走っている姿を想像しながら走ります」


 歩く速度から、ほんの少しだけ早い速度になった。


 全力疾走程ではないけど、この速さでも息が上がり始めるのを感じる。


 段々と息が辛くなってきた。


「辛い時こそ、走っている自分の身体を想像するのです」


 もう一回ジェラルドさんの走り方を見て、それを真似る感じで身体をしっかり動かす。


 何となく腕の動かし方が楽そうに動いている。


 イメージ的には、本で読んだ機関車の動輪にくっついている不思議な長い棒――――確か連結棒がずっとクルクル回っているイメージだ。


 腕を連結棒っぽくクルクル回す感じで回す。すると、ほんの少しだけ走るのが楽になった。前に走り出すのが楽になった感じだ。


 足も動輪のような動かし方をイメージして、腕と足の動きが同じように連携した感じで動かす。


 そうすると、さっきまでの疲れは嘘のように消えて、身体が飛ぶように軽く感じる。


 そして――――――風がとても気持ちいい。


 ジェラルドさんと共に数十分屋敷の周囲を走り続けた。




 ◇




「あれ? アレクお兄さん? いつもの朝食と違いますね?」


 テーブルに並んだ朝食は、いつもはパンとか食べ応えがある食べ物ばかりだったのに――――今日は何故か果物とか、スープとか、食べやすい食べ物が並んでいる。


「はい。今朝はジョギングを楽しまれましたので、食べやすいものに急遽調整致しました」


「ええええ!? 食べ物捨てたりしてないですよね!?」


「ええ。全く問題ありません。今朝キャンバル様が走られるのを見てから用意しましたから」


 うちの町では食料は決まった分量しか取れないはずで、無駄遣いは厳禁だからね!


 食べ進めてみると、意外とお腹いっぱいになって食べやすくてとても美味しかった。




 今日も屋敷には新しい靴を取りに来る人がいて、毎日数人分ずつ直してあげている。


 その中にバロンくんがいて、僕を見るや否や深々と頭をさげた。


 ただ、その隣で同じく頭を下げる男女――――バロンくんのお父さんとお母さんが見えていたのだが、お父さんの右足には木の板が当てられ布で巻き付かれていた。


 向こうで何度か見たギブスにも見える。


 というのも、本に書かれていたんだけど、昔の人はギブスがないから、木で固定していたみたい。


「セバスお爺さん」


「はっ」


「あの人はどうして足をケガしているんですか?」


 丁度直した靴を貰いに部屋に入るバロンくん一家を見つめながらセバスお爺さんに聞いてみる。


「!?」


「?」


「…………正直に申しますと……キャンバル様が踏みつけに……なられました……」


 ええええ!?

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