第24話 レーデ・カロルの家

 人が住んでいる気配がしない。レーデ・カロルの家の第一印象は、そんな感じだった。というより、壁と床と天井以外に何もなかった。流転なるレーデの魔法によって転移して早々に「どうやって生活してるの?」と聞いた涼子は正しい。


「適当に座って」


 レーデは応じず着席をうながすと、その声に応じて人数に見合ったテーブルセットが出現した。早速、かけてみると、ほどよい跳ね返りのあるかけ心地の良い椅子だ。


「まずはのどを潤しましょうか」


 同様に出現したコーヒーをいただくと、芳醇な香りを漂わせる見事なものだった。この世界にはない飲み物で、レーデもあちらの世界にきて初めて飲んだと言っていたはずだが。というより、この再現の度合いの高さは用意したというよりも。


「これは。私のコーヒーと同じですね」


 枝松が目を丸くしている。


「紅茶も再現されていますね。少し冷めているのも私好みです」


 谷口が口元に手を当てている。へぇ、こいつは石田三成もさじを投げるお手前だ。


「かわいすぎだろ、涼子さん」


 涼子を見ると、笑顔でチーズケーキを味わっていたが、その頬を赤らめていくと慌ててコーヒーを飲んだ。


「直人、またそういうこと言って。不意打ち厳禁よ!」


 ぐいっと人差し指を立ててクギを刺されるも、もうどうにもできません。直すよりも、このまま心のままにいった方がいいリアクションが返ってくるし。自然と口角が上がるのを感じながら、氷上や進藤の方も確認すると、何とリキュール系と見られるアルコールで一杯やってやがりました。


 レーデに抗議の目線を送ると、ショットグラスを掲げた手をやけに美しい所作でひらひらと返された。悪い大人たちですね、良い子は真似しないように。


「? ほんのりと体が暖かくなったような」


 アルコールが混ざっていたかな。


「涼子、コーヒーにさ」


 確認を取ろうと見た先には、目元をとろんとさせる涼子の姿があった。


「どうひたの? 直人」


「アルコール入りだったな」


 そう言ってカップを掲げると、涼子は首をかしげた。いや、確実にあなたのコーヒーもアルコールが入っていますから。


「谷口さんのはジンジャー入り。アルコールのが良かったかな」


 レーデがにやにやと確認を取る。


「いえ、ありがとうございます」


 谷口さーん、カップで口元が隠れているけど、赤いほっぺが隠せてないよ。


「恵理奈ちゃんは、のちほど女子会の席で、かにゃ」


 そう言ってからかう涼子は、酔った自覚はないままだ。って、女子会やるんだ。この流れでさ。


「一ノ瀬、お前にやつき過ぎだから」


 言葉と共に肩がずしりと重くなる。


「からみ酒は嫌いなんだけど」


 涼子を見たまま、氷上に応じた。


「これしきで小さいこと言ってんじゃねぇよ。っつーか、まだ見続けてるその神経の太さは、どこで培ってきたのよ」


 氷がグラスを鳴らす音が聞こえた。


「最後かもしれないだろ」


 コーヒーを飲み干して、机に置いた。すかさず新しいカップに変わった。


「お前、FF派?」


「6、7、8、10、13、15ってやったよ。ドラクエは、3、4、6はやったな。まぁ、どちらかというとプレステ派って感じかな」


「いや、なら7、8、11はやれよ」


「布教すんじゃねぇよ。まぁ、気にはなっていたけどな」


「じゃあ、戻ったら貸してやるよ。プレステ2まだ持ってるか?」


「あぁ、いまや値段もつかないしな」


「わかってないね。需要あるとこに出さないだけだろ」


「へぇ、そうかい、そうかい。というか、傭兵もゲームやるんだな」


 さすがに向き合わねばならないか、と向き合うと、氷上は強い眼差しを送ってきていた。


「氷上の気持ちに俺は答えられない」


「茶化すな。お前も怯えているんだろう?」


「あれは耐えられるものではないよな。魔法の補助があったとみていい」


 この世界へ来るときに味わった「モノ」は連想するだけで、胸に当てた手が握りしめられてしまうほどだった。氷上も同じ症状なのか、僅かに眉をしかめた。


「俺たちのすべてが、想像もできない力を持つ者の掌中にある。しかも異世界の、相手のテリトリーにおいてだ。それは恐怖というにも生ぬるい冷えた感覚だろう」


 氷上は話し終えると同時に、にぎった手の上から胸を突かれる。氷上の指もまた冷えているように感じられた。


「飲みながらでいいから、状況説明といこうか」


 レーデの赤く燃えたつ瞳と髪が炎上する城を連想させた。ぎこちなく向き直る氷上の横を通り過ぎて、俺はレーデに最も近い席にどかりと音を立てて腰掛けた。途中でさっと確認した、進藤、枝松、谷口の表情もまた氷上に似た違和があった。


 間近で見るレーデは満足気な顔で俺と、やはり堂々と隣に座った涼子をじっくりと見つめた。

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