第23話 渡る
春の日差しが暖かく、このまま日向ぼっこでもできたら最高だ、そんなふうに思いながら俺は公園へと入った。ロギアと初めて対面した場所であり、俺の散歩のルーティーンの一つでもあった。それから涼子と話したベンチもここだ。
ロギアとゆかりの場所が世界を渡るのに適した場所だと、レーデは話していた。レーデのゆかりの地も、当然、適しているのだろうが、おそらく良い思い出はないのだろう。ロギアにとってもどうかと考えもするが、まぁ、ここにはいない人だからな。どこからも世界を渡れなくなっては、話が始まりもしない。
「? 俺が最後だったか」
スマホを見ると、約束の時間を少し過ぎたところだった。
「一ノ瀬さんはあの世界でもやっていけるよ。みんな来るのが早過ぎてね。まだ準備もできてなかったから焦ったな」
レーデが表情を微動だにせず話しかけてきた。
「めっちゃ怖いからやめた方がいいぞ」
すかさず助言するが、レーデは首をかしげるのみだった。
「早すぎだなんて心外よ。10分前に来るのは、この国では常識なの。レーデ、あなたの勉強不足ってやつよ」
涼子が話すものの、レーデは柳に風といった感じで、全く聞いていない。
このやりとり、何回か繰り返しただろ、たぶん。
「私たちは時間ぴったりでした」
なぜか、胸を張って主張する谷口と穏やかにうなずく枝松さん。
「そうなんだ。へぇー」
ごめん、他にいいようがない。
「それにしてもどうなってるんですか、あなたたちは」
恐る恐る氷上と進藤に伺いをたてる。
「シークレット」
「極秘事項だな」
にべもなく声を揃えた2人は、素人の俺でも分かるほど、鋭さを増していた。というか、満身創痍でボロボロだった。
「あんな感じよ、割と」
いつの間にか隣にいた涼子が教えてくれた。
「大変だったんだな、涼子も」
「慣れたから。直人も、すぐに同じに、なるから」
視線をそらした涼子のほほが赤みを増した。
「かわいすぎて、どう反応したもんかな」
そんなもんかな。
「ちょ、直人。最近、そういうとこ多いから!!」
「え? って、おわっ」
また心の声と反転したのか。
「ちょっといい加減にしろ、説教だ。今日こそは許さん」
「何で私が説教されるのよ」
「ちがっ、これは俺に説教するんだよ」
「ちょっと言ってる意味がわからないんだけど」
「冷静にいうのやめて。ここにくるから」
「ていっ」
容赦無く涼子に胸を刺されながら、今日も空気を読まずに暴発する感情になんと名づければいいのかわからなくなった。
「これから文字通り、身を砕いてもらいます。精神と肉体の双方が、木っ端微塵に砕け散るから、帰りたくなったら手をあげてね」
もっと空気を読まずに、レーデが淡々と開会宣言を始めた。
「ごたくはいいからはじめてくれ」
氷上が全身を燃やして応じた。
「右に同じく」
進藤は平常運転。谷口と枝松は無言でうなずいた。
「帰っていいんだぜ」
今更でも、涼子にむかって口をついて言葉が出た。
「そっくりお返しするわ」
そう言って笑う涼子と拳を合わせた。
「了解した。じゃあ、始めるよ」
何かが通り、ロギアが佇んでいた噴水だけが残った。おそらく隔絶する魔法なんだろう。そこまで理解したところで、レーデの静かな声が耳を叩いた。
「絶界」
誰かかすらわからない悲鳴が連鎖した。全身が破けて、丁寧に寸断されていくような感覚の中、その悲鳴の出どころが俺だったと気づいた。時間も何もかもわからなくなって、世界の境目すらあいまいになったころだった。
「ようこそ」
言葉と共に視界が白く染まった。慌てて顔を覆った腕を見て、俺は生きているのだと理解した。
「雪、のようね」
胸元の声に目をやれば、涼子が腕の中にいた。
「なんとか渡れたみたいだな」
「暁人、進藤さん、恵理奈ちゃん、枝松さん。全員、いるわね」
涼子と話しているうちに少し落ち着いてきて、ようやく辺りを見渡す余裕が出てきた。白一色の世界の先に、頂上の見えない大きな樹木としか言えない何かがあった。
「ここは7つの国の一つ氷土ソロ。ロギアにそっくりな白一色の世界だから、一番、安定して来れるんだ」
そう言って笑うレーデに、俺は何も言えなくなった。
「のろけはいいから寒さと目を守れる場所へ移動しましょう」
涼子が容赦無くつっこんだ。さすがだ。
というか、寒さはともかく目の保護?
辺りを見渡せば、涼子は目を薄く開いていたし、氷上でさえも目を閉じているようだった。そういえば南極ではゴーグルつけたり雪焼けしたりするんだったか。確か雪に太陽が反射するせいなんだとか。
「流転」
レーデの声が響くと視界が揺れた。その直前、レーデがウインクを送ってきた。
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