第21話 また明日

「やっぱりここにいたんだ」


 振り返ると、相変わらず後光を味方につけた涼子の姿があった。さっきまで雨が降りそうな雲行きだったんだけど、どうなってんの?


「しかし、綺麗だな」


 俺の言葉に涼子が固まった。みるみるほほが赤くなるのが自分でもわかった。


「さっきまで雨が降りそうな雲行きだったんだけど、どうなってんの?」


 何もなかったように涼子の目を見たまま指を空に向けた。


「確かに綺麗ね」


 涼子が雲間から伸びる天使の梯子に目をやってくれて、ようやく俺も視線を動かすことができた。鼓動がうるさく、耳元で鳴り続けて、なかなかのストーカーっぷりを発揮してくる。


「何度も見ているはずなんだけどな。綺麗なもんは、やっぱり綺麗だって思うよな」


「そうね」


 話を続けながら、俺は自分に説教を始めた。いったい、どうしたんだ。しかし、綺麗だな、なんて涼子に言っちゃうなんて。感情が抑えられないほど、ときめくエピソードなんて、あったようなないような。とにかく、ちょっと落ち着け。そうそうあの「おちつけ」の掛け軸でも思い浮かべて、だな。


「怪盗21面相って知ってる?」


「ん? あれだろ、コナンの片割れの人が書いたやつだろ」


「わざと言ってるでしょ? まぁ、いいわ。直人の表情が21面相ばりに変化してるわよ」


 そう言って、茶化す涼子は、心底、楽しそうで綺麗だった。


「そんな話だったっけ?」


「やっぱり知ってるじゃないの」


 当然のように俺の隣に涼子は座った。


「このベンチに思い入れでもあるの?」


「居心地がいいんだよ」


「ふぅーん」


「なんだよ」


「いよいよ、明日っていうのに、何だか学生気分だなって」


 もし平凡な学生生活を送っていたら、こんな感じだったんだろうか。にやにや笑う涼子が憎らしくて愛おしい。って、また、こんな感じだ。


「最後かもしれないんだ。いいんじゃないの」


 吹き飛ばすように空へ向かって、言葉を投げ出した。


「どこの主人公だって、セリフね」


 見えなくても、涼子が今どんな顔してるか分かるなぁ、まったく。


「思い残すことはなくなったか?」


 涼子の眉がぴくりと動いた。


「今、思いつく限りのことは、ね。直人は?」


 10数年ぶりに親にも連絡とったし、ぶしつけに友人に電話して心配もされた。まぁ、こんなもんじゃねぇかな。どこまでいっても、今日という1日しか生きられないんだろうし、それどころか今この一瞬さえ思うようにいかないからな。それでも何とか今日やることを自分なりにやっていくのは、きっとあの世界でも変わらないだろう。


「聞くまでもなかったか」


「涼子」


 無邪気に足をぶらつかせる天使のような涼子に呼びかけると、姿勢を正してこちらをまっすぐに見つめた。


「また明日な」


「えぇ、また明日」


 立ち上がり背を向けながら、今度は感情を制御できた自分に賞賛を向けた。今更、多くの言葉はいらない。覚悟を決めてるんだから。俺は、ただ涼子のちょっと前に立つだけだ。

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