第20話 地を渡る条件

「空を飛びたいと思ったことはあるだろうか。この感覚とあの地へと渡る感覚は、同じなんだ。ありえないと常識にとらわれた自身の全てを砕いた先に、強い想いが体現される。その結果が地を渡る」


 コーヒーなる飲み物の芳醇な薫りが漂う店内で、私はマジェスティの面々へと地を渡る手段を明かした。はたして、何人が渡り得るのか。好奇心とあきらめを混一させながら、一人一人の顔を見ていった。


「空を飛びたい、か。そんなことを考えたこともないけれど、納得できるような気がする」


 一ノ瀬がつぶやくように応じた。


「私は星を見ていると、面白いって感じるかな」


 涼子の声はよく通る。


「空を飛ぶというのは人類の夢、あるいは希望だったね。空も宇宙も超えて、どこまでも果てのない世界へ進出するのを目標に、今もなお技術は進んでいる」


 低い声で進藤が提起する。


「人への進化の過程で、空でも海でもなく地上を選んで行ったのに、そのどちらへも生命の進化の速度を超えていきたいと欲をかく。人の性とも呼べるかも」


 野中が補足するように言葉を発していく。


「その性こそが、人が人たる所以だろう」


 氷上が瞳をギラつかせながら語る。


「めんどうなことでもあるが、決してそこから逃れられないんじゃよな」


 霧島がため息混じりに一人ごちる。


「空へ飛びたいと、一心に思い続けるのは、他に方法がなかったから。なのかもしれない」


 谷口が控えめながら核心をついた。


「仮に目的に達する方法が他にないのだとしたら、迷わず選び取るだろうな」


 鶴島が凛として声を放った。


「奥深い話ですな」


 枝松がコーヒーを淹れながら、誰にでもなく告げた。


「趣のある話ですね。私は今からでも想い続けて叶えたいなぁ」


 山崎が可憐に話す。


「俺はサッカー以外は考えられへんけど、願いは叶うまで続けられる人だけが実現できると実感してる」


 内林のいうサッカーは怪我はもちろん、環境や将来への展望により大きく左右される職業だったな。


「マジェスティ。面白い人たちが集まっているね。ロギアが気に入ったのが、少しわかった気がしたよ」


 何かを投げ掛ければ流れるように全員が応じてくれる組織。それは私があるとさえ思えなかった、夢にさえ現れないものだった。ここにいる何人が、それを実感しているだろうか。それとも意図せずに感じ取っているから集っているのか。


 ロギアの顔が浮かんで、私は思考を止めた。ここには止めてくれる人はいないのだったな。


「ロギアは16年の歳月をかけて空を飛んだ。これに比することを、今すぐにできはしないだろう。かといって、今から長い年月をかけるのも難しい。そこで私が魔法によって助けよう」


 図解して示した魔法による空の飛び方を見て、それでも彼の地へ行くと決断したものは半数に満たなかった。予想と離れた結果に、私は口端が上がるのを抑えることができなかった。


「準備ができたら、この装具で報せてくれ。この地で思い残すものがないようにね」


 装具を残して、私は店を出た。涼子が持っていた装具を真似て作ったが、なかなか良い出来だと自負している。期日は切らなかったが、そう長くはかかるまい。その間に、この地の隅々まで可能な限り網羅しておこうか。


「レーデ、ちょっといいか」


 振り返ると、進藤と氷上がいた。


「いかがした? 2人とも装具を持っていないようだけど」


 2人の口上を予測しながら待つ。


「この地に詳しくてね。観光案内でもさせていただければ」


 進藤が会釈しながら提案する。悪くはないだろう。


「俺に稽古をつけてほしい」


 氷上は燃える瞳を向けてきた。おもしろいやつだな、その瞳が語っているわ、私たちと1対1でやれる実力がほしいとな。


「どちらも要らないな。実はね、だいたいこの地は把握したんだ。瞬時に移動できるし、見ればおおよそは分かるから」


 私を満足させる提示がないとダメだよ。


「そんなことだと思ったわよ」


 野中が追いついてきた。


「良いところにきたな、野中。2人に迫られていたところだ、助けてくれ」


 そう言って手を振ると、野中に睨まれ縮こまる2人の男の絵が出来上がった。まぁ、女性に同行を迫るとこうなるのは世の理だろう。


「私の職業の目線で、マジェスティとこの世界の話をする。それで2人が同行する条件を満たせないかしら?」


 野中の目は柔らかく静かだった。進藤は両手をあげ、氷上は首を振った。


「いいだろう」


 あとで野中と2人となったときに「あなたは来ないんだろう。どうして面倒だけを引き受けた?」と尋ねたら、「そういう病なの、私。治療して」と返された。この地もなかなか好奇心が尽きないものだな。

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