第19話 同じ
「レーデが俺を迎えにこれたということは、あの地の記憶があったからだろう」
私の目をまっすぐに見つめる赤い目には確信の光が灯っていた。その美しさに見惚れた私は、ただ首を縦にふることしかできなかった。全身を心地よくめぐる温もりに酔いしれた私は、ぽーっとほほを赤らめている自身の姿を自覚していたけれど、それを隠すつもりはなかった。酩酊する私を構うことなく、ロギアは話を続けた。
「俺が生まれたのはあの地なのだ。16の頃、この地に転移した」
ロギアの告白を聞いた私の感情を一言で表すのならば、納得だった。彼のこの地に対する姿勢は冷酷だった。その根源は魔女・レイシーに対する恨みによるものだと考えていたのだが、その考えが彼の告白を聞いた今では軽薄であったと気づかされた。
「あまり驚かないのだな。はっきりとは分からずとも違和を感じていたのか?」
ロギアは少し首を傾げて白髪を揺らした。こちらの返答をゆったりと待つ彼の姿は、あまりにも愛おしい。その推測の正当性も心地よく、自然と口端があがるのを自覚しながら、努めて真面目に返答した。
「ロギアのこの地への姿勢は冷酷だったから。今までは魔女・レイシーへの恨みからかと軽薄にも考えていたけれど、今の告白を聞いて合点が言ったよ。なるほど、住む地が違っていたのだな。いや正確には、私も同じようなものだ。あるいはこの地の者は全てあの地に生まれたものかもしれない」
眉根を寄せて考えに耽る。その眉間をぺしんと柔らかに指で弾かれる。何度、受けても絶妙な力加減を真似できる気がしない。
「本当に探求が好きだな、レーデは」
そう言って笑うロギアに、私は自己の肯定を受けている。何度もだ。
「すまない。この地へ来たきっかけはなんだったんだ?」
特別な術でも使ったのだろうか、と期待を膨らませる私に穏やかな眼差しのままロギアは答えてくれた。
「空へと飛びたいと思ったんだ」
「なんとも幻想的だな。けれど不思議とわかるような気がする」
胸がじんわりと沁みて、思わず胸元をぎゅっとつかんだ。物心がついた頃には、この地にいたけれど、もしかしたら私も似たような願望を持っていたのだろうか。
「あの地で俺は寝たきりだった。ただ天井と窓から見える空を見続けていた。自ら人と関わる術もなかったから、それが当たり前だった」
「私にそんな記憶はないはずだけど、どうしてだろう。よく分かる」
そう言って、自身の胸を叩いて見せたら、ロギアはうなずいてくれた。
「ある時、空に走る一条の雲に気づいた。それがなんなのか、あの地の知識を持たなかった当時の俺にはわからなかった。けれど、強く心を惹きつけられたんだ。あの雲のように、どこまでもいきたい。そう思い願った」
そこまで話すと、ロギアは瞑目した。私もまた目を閉じて、形にならない想いを見つめた。実感もなく記憶にもないけれど、心の奥深くに確かに在ると感じ取れる。自身の根本に座する、とても大切で愛おしい、重要で純心なるもの。
この想いになんと名付けようか。
答えは出ないけれど、少し進んだような、淡い感覚と共に目をゆっくりと開いていった。その先には、こちらを見つめるロギアがあった。
「ロギア、あなたはどうしてそんなにも柔らかく見つめることができるの?」
口からこぼれた言葉が熱を帯びているのがわかった。
「レーデ、そなたの方こそ、まるで聖女が祈りを捧げているようだったぞ」
「聖女なんて、そんな高尚ではあれないよ」
どこから先かわからない、身体中から熱が発していくのがわかった。
「他の誰でもないレーデだから、俺はそう感じたのだろうな」
きっとこの景色もまた忘れることはないだろう。
「私もロギアだから、そう感じたんだろうね」
あぁ、どうしてこんなにも愛おしいんだろうか。ロギアは頷くと話を戻してくれた。話を続けながら、この想いをロギアもまた共有してくれていたら、と願った。
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