第18話 独り言

 レーデ・カロル。私が決めた名前だ。たまたま写った鏡の中の自分に与えたにすぎない。本を求めて魔物と相対して、ただそれだけであったから。もっとも自分が女性であることや、その在り方は理解している。ただ私の生き方に沿った、しっくりきたものがなかった。


 そんなときにロギアが現れた。殺し合う日々は楽しかった。一つ意表をついたらまだ見ない手を返され、一皮むけたと確信したらあちらも一段レベルを上げていた。見果てぬ先を目指しながら生きるのは、これほど愉快なものであったのか、と私は歓喜していた。ロギアは私にとって、誰かとあることが良いものであると教えてくれた唯一の存在だった。


 私はロギアを独占したかったのだろう。ロギアは何日か姿を消すと決まって空から降ってきた。そのときの彼は瀕死でありながら身につけた技量で生き延びるんだ。それはわかってはいたが気に入らなかったんだ。ロギアを完膚なきまでに叩き潰すのは、レーデ・カロルなのだから。


 一度、魔女の元まで跡をつけようとしたことがあったのだけれど、魔女の元へと飛び立つロギアの姿を見た私はただ見送ることしかできなかった。以来、私はロギアの所在がわかる術を開発した。邪魔はできないにしても、彼に万が一があったときにそばにかけつけたかったからだ。ロギアにトドメを刺すのは、私以外にいないんだ。


 ある日、ロギアとともに新たな術を開発していたんだ。殺し合いを続けるうちに自身で開発できる術が互いになくなってね、まぁ、せっかくだから新術を開発して打ち合おうじゃないか、という話になったんだ。それが存外に面白くてな! 移動術の開発も行うようになっていって、瞬時に思い浮かべた場所へ転移する術の開発にも成功したんだ。けれどその術を試行した瞬間に、ロギアは世界のどこにもいなくなった。


 私には思い当たる場所が一つだけあった。この世界にない澄んだ青い空に砂塵があがる場所だ。私の記憶と呼ぶのも怪しい最古の奥深くにある、私の脳だけが知る景色。そんな景色がロギアにもあったのかもしれない。彼へと繋がる手がかりが一つだというのなら、使うのみだ。


 術を発動してたどり着いた場所には、記憶の中の景色と同じように砂塵があがり、どこまでも澄んだ青い空があった。ところかまわずあがる砂埃に構うこともなく、ただ本能のままに新鮮な空気を体内に取り込んだ。魔女が支配する世界では、魔女の瘴気が漂い甘い香りが混じる。その作用からか、空はある地点で断絶されたように色をなくす。「なんと美しい世界であろうか」のどからこぼれた声は意図せぬものだったけれど、心地よいものだった。ここからロギアの反応も確認できていた。この地の魔道の感覚を確かめた後に、転移を発動すればすぐに会えるんだ。視界の端に細長い飛来物が確認できた。魔道の匂いはない。


「ちょうどよい手慣らしになろう」


 火の玉を6つ生み出し、転移を発動。少々、意図とずれた位置に座したが想定内。飛来物を火の玉が包むと閃光とともに爆散した。火薬に似ながら本質で異なるようないやな臭いが鼻元に届けられた。初めて感じる妙な感覚に従い、全方位に6段階に分けた火の壁を展開する。どこから現れたのか、さまざまな大きさの飛来物が続々と壁に激突し閃光を上げる。


「この悪臭と光の強さは厄介だな」


 目と鼻の感覚の優先値を落として、他の感覚を高めていくと、止まない飛来物を縫って線が迫っているのが感じ取れた。すかさず線の元へと転移を発動する。


「小兵だったか」


 転移した先には、鍛錬の足りていない肌の白い男が私がいた場所へと装具を構えていた。その男の指が引かれただけで、光速の高熱線が一条伸びて、元いた場所に大爆発を生み出していくのだった。


「どんな構造をしているんだ」


 小兵を蹴り殺し、装具の細部を透かす術を発動して確かめていった。何かを収束し撃ち放つ構造らしい。装具の構造を応用して新たな術を組み立てながら、私は宙へと浮かんでいった。こちらへ妙な線が集まっていくのを感じながら、術を完成させ眼下へと解き放つ。


 直径50mほどの火球を生み出す魔力を、一条の線に収束させた術だ。装具による爆発の5倍ほどの範囲を巻き込む大爆発が起こり火炎が飛散していく。レーデが片手を握ると、飛散した火炎が再び中央へ渦を巻くように収束し消滅。あたりには焦げた地面が残るのみだった。


「ロギアに試してみるかな、楽しみ」


 確かな術の効果に満足した私は、そのあと様々な術の調整を行っていった。その結果、短時間であればあの地に戻るゲートの開放が可能だと判断できた。ロギアと私ならば十分な時間だと判断した私は、ロギアのもとへと転移したのだった。


 美しい花の枝に止まりながら、そこで私は殺し合いを見ていた。この地にもロギアと殺し合うものがいることに興味がつきなかった。連携しながら装具を駆使してロギアに迫る姿は、なかなか趣があった。私は物思いに耽っていた。この地の記憶らしきものがあったのは、なぜだろうと。片手間で、この地の地形の掌握を行っているけれど、どうにも違和感がある。この世界は球場のものに、海と土地がいくつかに分かれて載っているようだ。その一部分の土地の広さが、私とロギアのいる地なのだ。異なる地だ、と断定するにしては大きさが違いすぎる。そして私の記憶らしきもの……面倒だな、風景とでも呼ぶか。風景はなぜ、この地のものだったのか。


「ここまでかな」


 ロギアを回収し帰還した。思ったよりも損傷が酷いロギアのももを治療しながら私はこの地への見解を告げた。


「ロギア、この地はあちらの地の一部に過ぎないのではないだろうか」


 ロギアは頷いた。

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