第17話 女子会

 ロギアが言っていた通り、異世界であっても面白い人はいるものだな。私はそんな感想を持ちながら、涼子の部屋で話し込んでいた。一ノ瀬だけを連れて行くつもりは、初めからなかった。新しい世界を知った人間の欲求の強さを私は知っている。だから、一ノ瀬が、ちょうど涼子と電話をするタイミングだったのは都合がよかった。冴島涼子は自身の感情に率直に生きていると感じていたから。


「こうして涼子と話していると、どの地にあっても人は変わらないんじゃないかって思うよ」


 私の言葉に、涼子は笑って応えてくれた。


「実はロギアを助けにきたレーデを見た時から、あなたと話してみたいな、って思っていたの。見ての通り、私は直人に好意を抱いている。彼もそうだとは思うけれど、人との関わりに踏み込むのを最小限にしてきた節があるから、ケンカみたいな感じになるしかないの。私も似たようなもんだからわかるんだけどね」


 ワインを飲むと、上質な味わいに感動する。この味わいを普及させることがかなうのは私の人生では望めないのだろうな。そう考えると吐息が自然と漏れる。


「一ノ瀬さんへの心情は、私がロギアに対するものと近いかもしれないな」


 アルコールのせいにして、少し語ってみるか。そう思えるほど、涼子の眼差しは心をとらえる。


「魔女レイシーによって、世界は一度、完全に滅ぼされた。その後、レイシーが治める王都のほかに7つの国に分断されて統治されるんだ。私は王都で生きてきた。物心をついたときには、廃墟巡りをしていてね。わずかに残った書物や保存食を貪り歩いていたんだ。そしていつしか学者の職を得た。学者になるまでに得た知識で、剣士・魔道士・航海・測量の職をも得ることができた。私には本が全てだったから人や魔物と相対する方が非現実だったんだ」


 涼子はグラスを置いて静かに聞いている。


「本を得るために国境を超えた。全ての国を渡り歩いて、最後の一冊が眠る場所へ辿り着いたんだ。そのときにロギアが降ってきたのよ」


「空から?」


「えぇ。彼が落ちてきた衝撃で、本が眠る場所は崩落した。怒り狂った私は一片の塵も残さず吹き飛ばした」


「本も残さず?」


「そうなの、ロギアの状態なんて気にもせずにね。感情を露わにしたのは初めてだったから、我を忘れた、のね」


「私がレーデだと仮定したのなら、同じことをしたでしょうね。たとえ、その本が希少なものだとしても」


 涼子の瞳は虚無に満ちていた。


「ふふ、まさにその通りよ。それでね、ロギアと殺し合っているうちに歓喜したのよ」


「戦いに関しては推測になるのだけど、互いに全く刃が立たなかったんじゃない?」


「まさに。ロギアの強さを実感するに連れて、私の実力も理解できていった。不思議な感覚だったなぁ、あのときも」


 だからやめられないのだ、ロギアとの殺し合いは。


「私はおぞましと共通の呼称をしていたときから、やはり感覚が合うんだ、って感じたな。実はそれより前から直人のことは知っていたんだ。スマホを購入しにいったときに、直人が接客してくれてね」


 スマホを見せながら笑う涼子は輝いていた。


「一ノ瀬さんは購入したときのことを覚えていない?」


「たぶん、ね。人気のお店だったから。その中でも丁寧な接客で評判の直人を指名する人も多かったし。私、直感を信頼しているから、初対面でもなんか感覚合いそうだ、とわかる人は忘れないようにしているんだ。直人の接客を受けているときにもそう思ったの」


「直感、か。それは大切な判断基準だね。本能の成す欠かせないセンサーだと、私は思う」


「レーデの言う通りね。そのあと、ロギアさんと殺し合いをしたときにも、直人は切り込み役に志願した強さを持っている。その強さは誰かのために発動しているわけではなくて、うまく言えないのだけど大事なものを失っていない、そんな感じがする」


「言葉にできるものだけが全てではないんだろうな。ロギアも私も一人での判断に慣れているけれど、そうだなぁ。それでも関係ないというか、うん、なにかに依存するものでは生きていないんだ」


「そうね、私の国では一人で魔物と対峙する必要はない。国に支援機関もあるし、誰かと共同する場所に導かれるから。それでも安全な場所はない。命をすぐに取られることはないけれど、人との関わりが多すぎて軋轢や葛藤が生じて、それは生き方や命の選択にもつながる。私も本が好きで、それが全てだったの」


 そういうと涼子は、薄い銀色に輝く装具を見せてくれた。


「これはパソコンといって、キーボードで入力することでさまざまな情報にアクセスできたりシステムを作成できる機械よ。この国では、無料で利用できる場所もあるの。初めてパソコンにふれたときには知識はゼロだったけど、キーボードが文字の配列であることは理解できたから、かなり使い倒したわね。この子には今も助けられてばかりかな」


 涼子の素早い指捌きとともに、さまざまな字形が浮かび上がっては明滅して世界を作り出しているように見えた。


「世界中で共有されている情報網があってのものだろうが、利便性が高そうだ」


 おいしそうな料理が表示されると、一緒に行こうと涼子に誘われた。


「楽しみだな」


 そう涼子に答えながら、マジェスティの全ての人員と話すことを決めた。人物像が薄いメンバーもいるように感じられたが、それは表現方法が控えめな文化が理由なのだろう。抵抗されるかもしれないが、少々、深掘りしなければ、おいそれとは同行させられないからな。


 まずは一ノ瀬が用意した会のあと、感覚の合うものに実施してみよう。いなければ、涼子と一ノ瀬の2人だけを連れていくのもしかたがないだろう。そもそも世界を渡る条件は簡単ではないからな。

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