第16話 約定

「直人、待たせたわね。本題に入りましょうか」


 着替えをすませた涼子に、改めて出迎えてもらい、隣に座った。机を挟んで対面するレーデは、「なるほど」と頷いたあと、両手を握って3度、振った。


「私はレーデ・カロル。君たちがおぞましと呼んでいたロギア・アルティムの知人だ。先日は、一方的に連れ去って、申し訳なかった。初めての術だったから、時間制限が短くてね。少々、慌てていたんだ」


 レーデは、にこやかに非礼を詫びた。決して言わないだろうけれど、異世界に前代未聞の術を用いてきた彼女の決心をわからない人はいないだろう。


「冴島涼子です。事情は、どうあれ元の世界に帰れたのだから、よかった」


「一ノ瀬直人です。無粋な話になりますし、決着はついていたようなものですが、もやっとはしています」


「ありがとう」


 穏やかな表情で礼を告げるレーデを見ていると、不思議とロギアと重なった。命のやりとりで紡がれる絆を理解するのはかなわないけれど、それでも二人の縁は比類なきものだと感じられた。


「さて、冴島さんの話を聞きましょう。ただし、私は一ノ瀬さんにだけ招待をしましたので、留意してください」


 レーデの視線が強くなる。


「確信犯な行動は、さておいて。まずは、レーデさんたちの世界を理解できるとは、全く考えていないの。生きてきた経験や文化は、非常に根深い差別を基にして築かれている。なんとなく、というあいまいな感情を多分に含んでね。それは簡単にはくつがえらないし、私にはくつがえすつもりもないわ」


 涼子の瞳が照明を反射して煌めいた。


「よくわかります。私も、ロギアも同じ考えですから」


「思えば、おぞましとして追い始めたのも常識から外れていたのかもしれない。失礼を承知で言うのだけれど、殺し合いについて共感できるのは、私にとっては異常なの。このはみだした感覚は、レーデさんの世界に行かなくては落ち着かない」


 涼子は視線を俺に向けると、静かに告げた。


「直人、あなたが一番に感じているでしょう?」


 そうだな。ロギアと遭遇してマジェスティに加入して、特捜部だの、くせのある人物と話して。殺し合いをして。


 確かに、致命傷を与えた感覚は消えないし、トラウマになっている。それでも俺に後悔はない。ロギアと特捜部のメンバーと、レーデさん、ついでに涼子に会えたのはアラフォーにして青春の輝かしい1ページが紡がれていると感動してさえいるんだ。


 めんどうなんて断ったけれど、このままロギアたちの世界を知らないで死んだら、気になって仕方ないかもしれない。俺は、うなずいた。涼子は口元に笑みを浮かべると、レーデに向き直った。


「直人と私以外の関わった人にも、レーデさんの世界にふれる機会を求めている感情があるのかもしれない。実際に、行くかどうかは別として、話はしてもいいんじゃないかしら。世界を渡るのは、大きな力が必要なはずだから、人数や回数の制限があるのならば、話は変わってくるけれど」


「私が1度できた術式は、何度でもできます。人数は無制限とはいきませんが、50人程度までなら一度につれていけるでしょう。それにしても、冴島さん」


「なによ」


「私は、あなたが気に入りました。ロギアと殺し合った人の中で、希望する方は全員、連れて行きます。ただし、一つ約定を交わしていただきたい。互いに呼び捨てでいきましょう」


 そういって、笑ったレーデに、ほほを固くしていた涼子はふき出してしまった。


「ふふ、その約定、承りました」


 笑う二人を見ていると、なんだか嬉しくて、俺は早速、枝松に電話をかけた。話を終えた後、談笑を続ける二人を見ながら、何人が共に行くのか、と今後を考え始めた。そんな自分の思考の変化に気づくと、ほほが緩んだ。

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