第12話 内林の真意
「ごめんなさい、私も向かいます」
涼子の通信が骨を鳴らした。
「だめだ、そこにいろ」
氷上の警告。反応はなし。
ふぉん。
腕時計が振動し、涼子が店を出たのがわかった。マジェスティの面々の位置がわかる機能もついている。時代を超えた重宝性が腕時計にはあるのだろう。
「テッル」
おぞましの声は静かであり、その一言のほかは、聞き取れなかった。ブレードのさやをひとなでし、身を隠す場所を探した。
「えぇ、そうですよ。あのとき、神経伝達回路を施していただいて、なんとかサッカーを続けられています。本当にありがとうございます」
その間も内林とおぞましの会話は続いている。異世界からきたのならば、翻訳機能を持たせているのか。
門の影に、さっと隠れる。雪音が、さくり、と強調してくる。ずさっ。大きな音がした。眼前の雪の白さが目に焼き付いていく。
「内林は跪いているようね」
狙撃班を率いる鶴島から通信が入る。彼女は狙撃の腕も一級品である。各班は、話し合いが成立せず、おぞましが危害を加えてきた場合への備えである。その判断に正否は問えないが、はなから戦闘になると決めているように思えた。
「一ノ瀬。待機だ」
氷上から指示が入る。幸いスーツは防寒性にも優れており、数時間は持つだろう。気力や体力に関してはアドレナリンが担保してくれるはずだ。
「境内に仕掛けたマイクが拾ったよ。音声がだぶるが流すかい?」
進藤の通信が入る。彼は霧島の班だ。
「了」
全員の了が揃った。作戦中に時間がある場合は、了と否で全員の意見を出す決まりだ。ただし時間がない場合も、ある場合も氷上の鶴の一声で決する。
「きこう」
氷上の声が届き、内林の声が流れてきた。このとき、ようやく俺は長い息を吐き出して、一息つけた。
「はは、相変わらず謙虚すぎますよ、ロギアさんは」
「そうですね。実際にこうして自由でいられるのも魔法のおかげで」
「あれ以来、接触してませんが、簡単にあきらめる連中ではありませんよ」
「調子は良いですね。こちらの世界でも神経伝達経路の研究が進んでいますが、まだ人には施せません。ロギアさんのような学術に裏打ちされた魔法があれば、もっと救える人は多いのに」
「いえ、そうですね。それぞれのよさがありますし」
「そもそもロギアさんの呪いがあるにしても、怪奇現象のように扱うだなんて」
やはり、呪いなのか。しかし、内林の様子に違和を感じる。
「帰還の手段は、まだ見つかりませんか。もし見つかったら、俺も連れて行ってくださいよ。勘と足の速さには自信があるんです。敵と遭遇したときには、切り込んでかきまわして見せます」
これって、もしかして。ある可能性に思いいたるが、ないな、と否定する。あまりにも俺たちにとっての、ご都合主義だ。
「鶴島、内林と接触していたか」
氷上の通信が入る。
「接触はしていない。けれど、彼の動きに合わせるほかにないね」
鶴島が応じる。
雪が静かに降り始めてきた。何度か積もる雪に重なったころ。
「内林がおぞましサイドにつき、こちらと戦闘になった場合は、もろともに殺す覚悟を、各自で決めておくんだ。もし、それに異論や反論があるものは作戦を中断し、ただちに帰還せよ」
氷上の宣告。おぞましと会話する内林。
雪が落ちるのが、ひどく緩やかに感じられる。適温に保たれるスーツの中で、心臓がやけに冷たい。
ついこの間まで、英雄と憧れと声援を送っていた内林を殺害する決断を下さなくてはならないだ、なんて。ぐるぐると頭が回り始めたころ、良い香りがした。
「氷上の話は、もっともだけど、輝が切り込んだら一気に突入する覚悟も決めておかないとね」
耳元に届いた美しい声に、俺は安堵した。
「いつからいたのよ」
ぼそっとこぼす俺に、涼子の息がふっとかかる。
「スーツに、スニーキングモードがあるのは、常識でしょ?」
振り返る状況ではないけど。きっと涼子は後光を浴びて、ドヤ顔を決めているに違いない。
「へびのように遂行するか」
心に熱が灯った。勇気だなんで、だいそれたものじゃないけれど。
「冴島は鶴島と合流して、救護・補給員に専念だ」
氷上は静かに指示する。
「了解」
すっと消える涼子。彼女の中にも不安はあるだろう。冷静と情熱のあいだで、揺れ動きながらも行動する姿が彼女らしいし、心配でならなくもなる。
息を吐き出し、気合いを入れる。まずは俺の動きに集中だ。当初は、俺とおぞましで会話を試みる予定だったが、それはなさそうだ。残るは戦闘になったときに切り込む役割だ。
そっとブレードの位置を確かめる。
「配置についたわ」
涼子の音声が届いたときだった。
「ロギアさん、もしもこの世界の人と交流ができたとしたら、やってみたいな、と思いますか? たとえば、俺とロギアさんみたいに魔法の翻訳じゃなくて、言葉や習慣を覚えたり、一緒に暮らしてみたりするんですよ。どうですか、楽しそうだとは思いませんか?」
内林のこの質問は、明白に彼の立場を明かした。彼は唯一、おぞましと会話ができる利点を活かして、自分の役目を果たそうとしている。俺たちが聞いていると意識した会話から、マジェスティの動きに合わせて、この状況に持ち込んでいるのは明らかだ。
だが、なぜ、内林は俺たちの動きを知り得たのか。
「ロギアさん、どうされたんですか?」
慌てる内林の声に意識を集中させる。
「わかりました。ロギアさんの恩義を忘れるわけではありませんが、それでも俺はマジェスティの一員なんだ。小細工なしでの我々との全面戦闘を希望されるのなら、応じるぜ!!」
決別。ブレードを抜き放ち、門から飛び出す。
「射撃班、始めろ」
氷上の号令が走り、おぞましの周囲に雪煙が立つ。内林は後退し距離を取る。おぞましと内林との間に体を入れる。
「はだかんぼは、喫茶店に帰りな」
装備もなしに、戦闘に応じるとは、内林はバカなんだろう。好きな種類のバカだけど、ここで死んでもらっては困る。
「この足は特注なんですよ。掻き回すぐらいなら、訳もない」
可愛げもなく、横に並ぶ、内林。ならば構うまいと、いつでも対応できるようやわらかく構える。
鶴島と氷上が率いる射撃班は、おぞましに砲弾の嵐を贈り続ける。容赦無い銃の暴力に、雪煙が舞い上がり、おぞましの姿はすっかり隠れる。
雪煙がはれ、無傷で立つおぞまし。内林が、すかさず突っ込む。ただ一直線に突き入り、懐に迫るとみせ、斜めに走り、さらに急転して、おぞましの左側から突っ込む。
おぞましは、ただ動かず目を向ける。その間にも砲弾がとぶが、おぞましに届く直前で軌道を変えて届かない。
「テッル」
おぞましが発するが、応じず雪を投げつける内林。ダメージを負うものではないが、視界を消されるため無視はできない。
突如、現れた霧島が網を投げる。打ち払うおぞましに電流が走る。わずかに硬直したすきに、霧島がくないを投げる。軌道を変え、地に縫い付けられるくないを起点に、火が発現する。そのままおぞましの身を炎が包み込む。
熱を嫌ったか、おぞましが後退する。
「起動」
谷口の声が耳を鳴らす。
ぼこぉ。
轟音と共に、地面が弾けて体制を崩し穴に落ちる、おぞまし。そこにニキータが2機ぶち込まれる。化学燃料による、どろりとした炎が穴から溢れ出る。
飛び出たおぞましは、咆哮するや、まとわりつく炎を消しとばしてしまう。そこにしつこく接近し、注意を引く内林。
「アイム、レイマス・アドウク」
おぞましが内林に注意を向けた死角をつき、枝松が謎の名乗りをあげ乱入する。意表をつかれたおぞましの脳天を両の拳を合わせて叩きつける。轟音を立てて地面に叩きつけられる、おぞまし。
「ヒーウィーゴー」
そのまま枝松は、全体重を乗せた両足をおぞましに突き刺す。たまらず、うめくおぞまし。枝松を払い除け、起きあがろうとする。
すかさず接近していた俺は、ブレードをおぞましの脇に突き入れた。超振動を生じさせ、生まれた熱は深々と突き刺さり、おぞましの血肉を焦がす。吐き気を堪えて、後退する。
この感覚は忘れられないだろうし、今すぐにも逃げ出したい。本能の訴えを鎮める間に、枝松はドロップキックを成功させ、おぞましを吹き飛ばしてしまう。
「異能者なのか、枝松さんは」
あまりの強さに漏らした言葉。
「特殊装備を手足に施しているのだ、合わせたチューニングもな。そして枝松の資質とトレーニングのたわものであろう」
答えてくれたのは、氷上だ。
「氷上が射撃班から接近班に移る。同時に、指揮権を鶴島に移行する」
「了」
各自が応じる頃には、氷上はおぞましに接近を終えている。枝松の正拳突きをいなすおぞましに、強烈なローキックを与えた。
「おぞまし、戦場に作法はない」
氷上が告げると、おぞましは歯を剥いて応じるのだった。
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