第8話 なんとかしてやりたい
呪い? 反発が生まれるのが自然だけれど、異世界物を読む機会が多い、俺にはそれ以外にはありえないと思えた。
「山崎さん。面白い推理ですね。今、流行りの異世界ものにありそうな展開でもある」
進藤が低音ボイスを響かせる。
「しかし、あまりにも現実的ではない推論でしょうね」
「進藤くんに賛同するのは、少し気になるところだけれど、わたしも同じ所感です」
「聖恵ちゃん、都度、つっかからなくてもいいじゃないか」
「嘘はつけないの。誰に対してもね」
手を目の下に当てながら告げる野中。進藤は、両手を上げて降参する。
「ふふ、確かに。お二方の反応が正直なところやろな」
やんわりと受ける山崎は楽しそう。
「祈りであるならば理解はできるのですが、呪いの類いは、あまりにも胡散臭すぎます」
進藤が、ショットをあおる。
「俺は、真逆の感想です。呪い、とてもしっくりくる言葉だ」
一息に告げると、ジントニックを飲み干す。熱が体中を回る。おぞましと対峙したときを思い出す。あの、ふっと表情を緩める姿が鮮明に蘇る。あれほど、恐ろしかった、おぞましが不条理を受け入れて生きる存在に見えた。
「おぞましが呪いを受けているのだとしたら、俺は、彼をなんとかしてやりたいとすら思う」
口をついた、おぞましを助けたいという言葉。酔いに引き出されたのか、きっかけはわからない。それでも、俺は不条理、どうしようもない事態に陥った人を放っておくことに、強い怒りを感じた。おぞましのことが、自分ごと化された瞬間だったように思う。
「なんとかしてやりたい、か」
進藤が一人ごちて、椅子に深く腰掛ける。
「一ノ瀬さんって、正義の使者といった雰囲気はなかった」
野中が笑顔で告げる。肯定的な笑みだと感じられた。
「真っ直ぐなところがおありなんですねぇ」
山崎から暖かな眼差しをいただく。
枝松は、ウインクをくれた。
「俺はエゴイストなんですよ」
この人たちになら打ち明けても良いだろう。
「おぞましが、俺に被るんです。ただ生まれただけで、不条理なルールに組み込まれる。この人間の中で、窮屈に生きている。俺はおぞましくは思われないけど、勝手なルールを作っては、人の悪口を言って好き勝手にやる人から、変なやつだと数の暴力でやられたりもしているから」
言ってることが無茶苦茶だ。けど、踏み出したら止まれない。そう誰にも途中下車はできないんだよ、人生は。
「なんで、こんなにも生きることが、ただ温かく穏やかに過ごすことが、こんなにも難しい、世の中にしやがったんだよ!」
対象も特定できない、誰かに向けた叫び。場の雰囲気も、すっかり冷えて静まりかえっていた。
「ただ生まれただけで、不条理なルールに組み込まれる。確かにその通りではあるね」
進藤は頷くと、何杯目かのショットをあおった。
「一ノ瀬くん、知っているかい? 宇宙は、もとは火の玉にすぎなかったとの説があるんだ」
「火の玉?」
「そう。この宇宙に存在する物質のもとであるとされる原子すらなかったんだ。今も急速に続く、宇宙の拡大も起こらず、ただ何億年もその世界はあった」
途方もない話だけれど、面白い。
「その火の玉は、どうして原子を作り、宇宙の拡大を始めたんだろうね」
「宇宙は原子のもと、つまり俺たちは、そこから派生したともいえますよね。ならば、きっと感情や思考を持っていたのではないでしょうか」
「感情や思考、か」
進藤がチラリと野中を見ると、眉をへの字に曲げた。
「面白い考えやねぇ。とすると、宇宙さんは寂しくなったんかもしれませんねぇ」
山崎がやんわりと感想を告げる。
「寂しい?」
「何も起きひんのは、穏やかで平和やのに、ひとりぼっちに感じてしまうこともありんす」
「確かにそうかもしれませんね」
ただ一人で、何もせずに過ごすことはできない。少なくとも俺は、何かをしなくてはいられない。
「もし宇宙に、そのような人格があるとしたのなら、きっと、今もわたしたちを見ているでしょうね」
野中の声が店内に響いた。
どんな感情で見てるんだろうな、宇宙は。横っ面を叩いてやりたい気もする。
「いずれにしても、私も参加するわね、進藤くん」
野中が宣言する。
「言わせてしまったね。ありがとう、聖恵ちゃん」
この2人の分かり合えてる感が、とても眩しく、羨ましい。そういえば、冴島は何をしているのだろう。
「ふふ、なかなか組織だってきたじゃない」
聞きなれた声に目を向けると、悠然とカクテルを飲み、薄暗いバー仕様の店内でもドヤ顔を輝かせる冴島がいた。
「最初からいたのかよ」
冴島の隣にかけ、コーヒーを注文する。酒を飲んだ後にコーヒーで締めるのが好きだった。
「今、きたところよ」
すました顔で答える表情は読めなかった。
「こんな素敵な方たちがいるのなら、結成したときに教えておいてくれよ」
進藤や、山崎がいるとしれれば、この数日の辛苦も軽減されたのは間違いないだろう。
「男のジト目は気持ち悪いと、私は思うわ」
目つきが悪いのは生まれつきだ、ほうっておいてもらいたい。それにしても、しっかりジト目を返されているわけだが。
「仮にも美人のジト目だというのに」
ため息と共に言葉は流れていった。
「あなた一言、余計だと言われた経験はある?」
「あぁ」
やれやれと両手を上げてため息を返す冴島は、憎らしいほど美しかった。
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