第7話 増える特捜関係者

「彼との遭遇は、どれほど人気スポットであっても、必ず一対一である」


 突然、耳に飛び込んできた情報に振り向くと、さきほど入店した3人組が見えた。俺と同じ経験をした人が、あの中にいる、そう思うと足は止まらなかった。


「ぶしつけに申し訳ありません。私は一ノ瀬と申します。気になる会話が聞こえまして、お邪魔いたしました」


 三様の反応があった。若い女の子は怯えて、それを慰める女性は真っ直ぐにこちらを見つめる。残るアラフォーの男性は、半笑いのまま応じてくれた。


「その形相から察するに、一ノ瀬さん。彼との認識があるのですね」


 その瞳は静かで少しの暗さを感じさせるもので、少しの恐怖と共感を覚えた。


「おっしゃる通りです。先日、公園で真昼間から遭遇しました。園内には、誰一人いない。決して有り得ない状況でしたが、何も違和感を感じませんでした。そして対峙した時の、あのおぞましさ」


 あの感覚は、何度、思い出しても慣れることはないだろう。何故、そこまでおぞましさを感じるのか、理解できないからこそ、余計に恐ろしい。


「彼は、どうしましたか?」

 

 声に目をあげると、静かに見つめる瞳があった。


「聞き取れない言葉を発した後に、何もせずに去っていきました」


 本当に、なんだったんだろうか。俺が知らない国の言語であるのだろうけど。


「なるほど。彼の話す言語は、現代に残るものではないのかもしれませんね」


 そういうと、彼は長く息を吐き出した。



 互いに名前を交換し、山崎や枝松も含めた、6人での話となった。アラフォー男が進藤、アラフォー女子が野中聖恵、小動物のように怯える20代の女子が谷口恵理奈だ。


 ・突然に現れる。

 ・どれほど人気スポットであっても、必ず一対一である。

 ・この世のものとは思えない、おぞましさをもつ。


 それが6人が持つ、おぞましへの共通の認識だった。


「それにしても恐ろしい話ですね。実際に対峙された方がいるやなんて」


 そう言って、肩を震わせる山崎。


「そうですね。わたしも、にわかに信じがたいところでした。ですが、対峙した人が、またいらっしゃったとなると」


 野中の声が、わずかに震えている。


「聖恵さんを巻き込むなんて、進藤さんは意地が悪いです」


 谷口が進藤をにらむ。小動物のような愛らしさがあって、効果はなさそうだが。


「はは、確かに俺が悪いね。けど初体験は野中さんかな、てね」


 そう言って、ウインクをする進藤。いい歳こいて何してんの。似合ってるのが、また憎い。


「故意に誤解を与えるのは、とーっても悪い癖だよ、進藤くん」


 あきれる野中も、慣れたものといった感じだ。


「対峙したときの感覚と、彼が去った後の感覚が、あまりにも大きくズレていた。これを心理から探れないかと考えたとき、頼れるのは野中さんしかいなかった」


 進藤は両手を上げ降参を示すと本心をあらわした。


「確かに、あの違和感は消化できていません」


 俺も同意する。何か条件付きで発動するのだろうか。


「おぞましいのに、おぞましくはない……」


 誰かの呟きが静かに店に響いた。


「いつもありがとうございます」


 さっと差し出された枝松からのショットに礼を言う進藤。


「進藤さんも常連なんですか?」


にいっと口を上げて進藤は答えた。


「えぇ、一ノ瀬さんのことは知っていましたよ」


 やはり。なぜ、いつもだなんて誘導したのだろう。


「はい、一ノ瀬さんの推測通りです」


 目を向けただけで、すぐにやんわりと答えてくれる枝松さん。


「お二方も常連さん、なんですか?」


 ないとは思いつつも谷口と野中にも訊いた。


「わたしは違いますが、何やらみなさんに共通なものがあるのは分かりました」


 野中の観察眼は、さすがは心理学者といったところだ。


「わたしは……」


 谷口は、見るからに関係者ではなさそうだ。懸命に言葉を搾り出そうとしている姿が、やはり小動物に見えて可愛らしい。


「谷口さんが常連ではないのは、みなさんも理解しているはずだよ。今夜も俺が野中さんと谷口さんを誘ったわけだし」


 進藤がフォローを入れる。


「恵理奈ちゃん、そういうことだから」


 野中が、優しく寄り添う。まるでお母さんのようだ。


「一ノ瀬さん、何か言いたそうですね」


 チラリと飛んできた谷口からの目線は、まさに子供のようで、思わず逸らした先に瞑目して頷く進藤の姿があった。


 俺はただ静かに天を仰いだ。


「どうぞ」


 枝松がおかわりをくれる。


「ありがとうございます」


 クイっと一息にあおると、のどがわずかに鳴った。


「一ノ瀬さん、可愛らしい一面がありんすね」


 山崎の言葉がどんどん芸者さん風になっているが、似合っている。


「なんだか、疲れちゃいました」


 カウンターチェアを小さく鳴らした谷口は先に帰ることになった。




「さて。一ノ瀬くんも察しているだろうし、本題に入ろうか」


 いつの間にやら、くん呼びとなったらしい。進藤の言葉に異論はないから黙っておいた。


「聞いたよ、涼子ちゃんが中心となってマジェスティが発足されたんだって」


「えぇ。冴島さん」


 誰かさんからの視線を感じ、ほほが熱くなる。


「……できる限りの範囲で調べていますが、進捗は今ひとつです。協力者は多いほどにいいのは、確かです」


 素直になれず、少々、投げやりに告げた。進藤は、パチン、と指を鳴らすと店内に響いた。


「だよね。俺らも同感。野中さんも谷口さんも、怖いもの知らずでね」


「こら、いちいち揶揄わないの」


 野中がすかさず突っ込む。


「はは、俺は職業病でさ。ライターなんてやってると、理解できない事象は、真相を突き止めたくなる。今回の事件……と言ってもよいと思うのだけれど、キーとなるのは心理だと、俺は考えているんだよね」


 そういうと、無造作に資料を並べる。事件の時系列、遭遇した人のステータスと交友録など、あらゆるデータがわかりやすく並べられていた。


「俺の情報も、しっかり載ってんなぁ」


 特捜部の前にプライバシーはあったもんじゃない。


「安心しなよ、一ノ瀬くん。今回のような異常性のある事件だけさ。ここまで踏み込んだ調査は、そんなに多くはやらない」


 そう言われても、信じられるはずもない。どちらでも状況は変わらないが。


「確かに心理がキーというのは頷けるわね。対峙した時に感じる、おぞましいという感覚。初対面の人間に、そこまで強烈な感情を抱くことは少ないはず。少なくともわたしは、そこまで他人に関心を持ってはいない」


 野中の感想は頷ける。いちいち、赤の他人に関心を持って生きていたら、身も心も耐えられないだろう。


「しかも洋タレみたいなイケメンだからなぁ」


 あれほどの整った顔立ちは、ハリウッドの俳優でも見たことがない。


「おばさんのタワゴトと思ってほしんやけど」


 はんなりと告げる山崎の言葉が、しっくりときた。


「その人、呪いにかかってるんと違いますか」

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