第5話 おぞましと傭兵

 氷上暁人として、俺はそれなりに名の通った傭兵だった。風貌こそ整った顔の日本人であると自覚しているが、アメリカ生まれで欧米の血もアフリカの血もこの体内を駆け巡っている。人類の血脈が奇跡のブレンドを果たしたといってもよいだろう、そこに傭兵として最前線でキラーマシーンと化していた体験が、俺の中で混在している。


 それがどうしたことだ。目前の銀髪から発せられるおぞましいプレッシャーは、かつて浴びたことがない。強烈な刺激に絶頂を迎えておぼれてしまいそうだ。人外の異常な存在との邂逅に、全身が第九を奏でていく。かつてないこの京楽を貪りつくしたいという強い欲求に、身を任せていった。


 これは命懸けの闘争を燃料として爆発する、常軌を逸脱した狂気だ。まさに俺の業と呼ぶものだろう。


 多くの言語に接してきたから、理解できなくても意味合いはわかるようになっていた。しかし、こいつが放つ言葉はとっかかりすら見えない。銀髪の言葉からは、存在していた世界そのものが異なるような印象をもった。まぁ、世界は広いと言うことだろう。


 脇を締めひねりが入った渾身の拳を、銀髪は左腕を使い外へと反らす。自然と外へと泳がされるが、その動きも利用し、銀髪の喉へ掌底を叩き込む。銀髪は力の入りきれていない掌底を、冷静に右腕で掴むとそのまま前進。


 自然と、腕が上がる。互いの前身の勢いも手伝い、腕が銀髪の首にまわる。

掴まれたのを幸いとばかりに、腕一本で片手一本背負に移行する。銀髪は投げられた反動を利用し跳躍し、草を削り止まる。銀髪に目線を上げさせる間も無く、距離をつめショルダータックルをぶち当てる。銀髪は両腕をクロスし地から足を離し吹き飛ぶ。俺は手応えの無さを即座に理解すると、立て続けに銀髪にタックルをかます。銀髪は、またも受け流す。その繰り返しのうちに、ついに銀髪の逃げ場がなくなった。


 この公園の一番の見どころである、太い桜の木に背中からぶつかり、そこに無慈悲のタックルをぶちかまし続けた。めしっと、桜の木が軋みをあげる。少なくとも内臓は破裂したのではないか、と予測しながら、さらに両脇を締め銀髪に拳を打ちつける。わずかに残る葉が落ちていった。葉が銀髪の目をなでたあと、咆哮が上がった。


 死角から次々と繰り出される銀髪の拳をいなしてはカウンターを放つが、

相手の攻撃が重過ぎて、どうしても半歩届かない。銀髪は余力たっぷりといった表情。初見で感じたおぞましさは、いつしか消えていた。


 銀髪も闘争を楽しんでいるように見えた。


「なぁ、あんた何か事情があるのか?」


 銀髪の回し蹴りを大きくかわし、間合いをとった拍子に一言、聞いてみた。銀髪は、攻撃を中断し答えてくれたものの、全く分からない。こちらの意図は察してくれたのか、銀髪の口元が緩んだ。


「貴様が巷を賑わす輩だな!!」


 声に振り返ると、刀が迫っていた。刀の腹を裏拳で殴り飛ばし、相手の軸を狙って正拳突きをうつ。相手は吹き飛ぶが、硬い感触が返ってくるのみで、手応えはない。こちらの拳も無事である。


「いったか」


 横目で見ると、銀髪の姿は消えていた。心地よい死合を邪魔された怒りで、血が沸騰する。髪が逆立っているのがわかる。


「輩といったな、それは貴様だろう」


「さすが、と言っておこう。名乗りはできるか?」


 輩は、上から目線の言葉を放ち、くるりと後転し着地した。中年の細身の男に過ぎないが、その装いに注目せざるを得ない。


 忍び装束なのだ。


「撮影か? さては貴様、現場を違えたのだろう」


 その装いに気勢を削がれ尋ねると、輩は笑って応じた。


「その余裕、わしの勘違いであったかな」


 そう言いつつも、何かが飛来する。飛来物をはたき落とし、距離を一息に詰め、手刀を輩の肩口に落とす。


「マジかよ」


 輩は、ひらりと距離を取るが、左肩を抑えうめいた。


「大げさだな。致命ではあるまい」


 バカバカしくなり、笑う。これで手打ちにしておいてやろう。


「ただの手刀で血が止まんねぇんだが。お前、大魔王だったりする?」


 輩の言葉の中に出た懐かしいワードを皮切りに、談笑に移った。


「あいつは大嫌いなんだよ、俺は魔王が好きだな」


 その瞬間、男二人は分かり合えたのだった。漫画のもつ素晴らしさである。


「はは、お前は悪人ではないな。わしは霧島綱吉と申す、順序が逆さになり失礼をした」


 そう言って、礼をする霧島に、胸に手を当て返礼し名乗りを上げる。


「われは氷上暁人、見た目には日本人にしか見えないだろうが、海外育ちでな。習慣の違いから無礼はあるだろうが、どうぞよしなに願いたい」


 さらなる人の気配に降りむくと、美しい女性がいた。


「霧島、また暴走したようね。あなた、怪我はないかしら?」


 そう近づいてくるも、俺は陶然としていて応対ができずにいた。


 短髪で見目麗しい顔から下に目線を動かせば、長身かつ豊満なバディは、スーツの上だからこそ際立つラインを見せている。目前に来れば、わずかな香水の香りが心地よく届き、ここは楽園であったかと、身も心もふわりとさせる。


「氷上暁人。麗しの人、ぜひ、名を聞かせてもらえないだろうか?」


 麗人に跪き、手をとり口付けを添えた。


「つ、鶴、鶴島、澪、です」


 なんと流麗な声であろう。鶴島澪、良い名だ。


「澪、もし迷惑でないのならば、われと親睦を深めていただけないだろうか?」


 戸惑う肩を宥め、ささやく。初対面の、この近さに踏み込み過ぎかと恐れはある。だが澪の魅力を前に、われの理性は壊れかけである。


「わ、わたくしで良ければ、氷上さん」


「暁人と呼んでください」


「あ、暁人、こちらこそ」


 手をとり、感謝をこめハグをする。体温が心地よく感じられ、これが楽園であろうと確信する。


「澪は、どのような連絡が好みに合うだろうか」


「わ。わたくし」


「あるがままの、自然な澪で答えてもらえないだろうか。澪が例え、どのような醜態を晒そうと愛すると誓おう」


「醜態! 失礼な、そ、それに愛するだなんて、軽はずみな」


「軽はずみであるものか」


 ぐいっと澪を引き寄せ、耳元でささやく。


「そう懸念するのも当然だ。なにせ会って間もない、だがな、澪」


 ここで霧島が無粋にも一喝してきおった。


「お前ら、わしのこと忘れてんだろ!!」


 その後、互いの紹介を済ませた。鶴島は捜査官、霧島は忍者、俺は傭兵だ。最近、巷を騒がす人物を仕留めるべく、国から強権を持たされ動くチームの一員だという。俺も経歴と銀髪と相対した実績に加えて、霧島の強い推薦があり、チームに加入することとなった。

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