第3話 結成!
「まず、お伝えしたいのが、私も喫茶店の常連なんです」
後光を引き連れて告げる冴島を見ながら、それが正しいんだろうと感じた。今まで会わなかったのは、時間帯が被らなかったからだろう。常連だと嘘をつく必要もないはずだ。
それにしても、この人。
名刺を差し出し隣の席に陣取るや、ひたりとこちらを見据えて話してくれるのだけれど、物理的な距離感が近くていかん。
「そうだったんですか。仕事の合間に立ち寄られるのですか?」
浮き立つ心を宥めながら訊くと、予想のさらに上を行く答えが返ってきた。
「確かに、コーヒーは休息にかかせませんが、違います。ここが特捜部の拠点だからです」
国内で最大級の交通量を誇るかの大橋の封鎖をした映画が脳裏をよぎった。いや、ありゃフィクションですから、実際にありえてたまるか。頭を振ってフィクションを追い出した。
「御明察。フィクションに見せかけた事実です」
ひょいっと追い出したものをつままれ差し出された。人は理解できないものに出くわしたとき、目を輝かせて喜ぶ無邪気な反応と、ありえないと引いて距離をとる反応の2つに分かれるはずだ。俺は無邪気さを置いてきてしまったから後者に属する。
その視点て色眼鏡をかけて覗いて見れば、美人なだけにかえって胡散臭いものとして判じられるのだった。
枝松から、コーヒーが提供された。
「いただきます。これ、初めて飲みます」
芳醇なコーヒーの薫りが鼻に抜け、のどを通った後に、酸味やらうまみが感じられる。なんとも不思議なコーヒーである。
「特捜仕様になります」
190cmは超える長身のナイスミドルが、ウインクを決める。先日、60歳を迎え、まさに男ざかりの枝松である。
「わたしが試作を飲んだのが、初めてだった理由よ」
特捜仕様のコーヒーのあまりのうまさに色眼鏡をどこかに投げ飛ばして、冴島を見つめた。美人さんは眉をしかめて、咳払いで応じた。
「冴島さん、申し訳ありませんが、あなたの話には胡散臭さしか感じません」
色眼鏡がないからこそ、納得のいかないことは、しっかりと話す。
「一ノ瀬さんは、ライトノベルは好きかしら?」
「好物でござる」
胸を逸らして継ごうとした言葉は、はふんと空へ消えてしまった。
「何キャラなのよ、それ」
冴島は真顔で指摘したあと、にやにやと親近感のわくオタ顔を浮かべた。
「ふふ、わたしも好きです。ならば、話は早い。特捜部である、わたしが簡単に打ち明け、枝松さんも了承しておられる。すなわち」
ビシッと人差し指を突きつけ、冴島は続けた。
「お・や・く・そ・く、ってやつです」
渾身のドヤ顔が炸裂する。俺は、ほほを引き攣らせ視線を向けたが、枝松はただ頷くのみであった。
おそるべし、おやくそく!!
もっともらしくため息をついて視線を戻すと、両手をあげた。ラノベを読んでいたことをはじめて後悔したかも。ちょっとだけね。
からん。
扉が開く音が響いた。
「来た」
店内に滑り込むように入ってきた男を見たら。
「う、内林じゃ」
その男の正体が、あまりにも有名だったから、声をあげる。
「申し訳ないのだけど、紹介は後にして。輝、連絡手段は、いくつもあるはず。何があったの?」
冴島に素早く制止され状況を見守るが、欧州リーグで日本人初の得点王に輝いた男を前にして、興奮が冷めない。
「機械が、全て大破した。理由はわからない。尾行に気づく自信はないが、これほどのことができるんだ、そんなセコイことはしないと思う」
内林が手を広げると、サラサラと砂状のものがカウンターにこぼれた。
「あー。これ、掃除が大変なやつじゃない?」
「そこかよ!」
思わず立ち上がってツッコむ俺に、見向きもせずに後ろ手でひらひらと返す冴島。こめかみがひりつく。
「枝松さん、相変わらずうまいっすね」
さっと用意されたアイスコーヒーを、無邪気に喜ぶ内林。彼には色眼鏡は不要だろう。
「こちらが一ノ瀬さん?」
にやにやがとまわらないだらしのない口元に警笛を鳴らしてまわる。
「初めまして。一ノ瀬直人です。あなたのファンです」
よくできました!!
「ありがとう。後日、ユニフォームを送るよ」
俺は両の拳を握りしめ、天を仰いで、かのベートーベンの名曲「第九」に勝るとも決して劣ることなどない歓喜にうち震えた。
「相変わらずの人気ですね、内林さん」
「俺は点しか決められない。それでもファンでいてくれる人たちには、感謝しかないよ」
視界の隅に収まった内林は、消え入りそうに見えた。
「これはやるしかないわね!」
あらゆるものをぶった斬った冴島の声が店内に響き渡り、俺たちの視線が彼女に集う。
「涼子ちゃんのが、始まったなぁ」
内林が額に手を当て、枝松は頷いた。
「チーム『マジェスティ』の結成を、ここに宣言します!!」
美しい黒髪を靡かせた冴島の背後に、神々しい後光がさす。
「はぁ?!」
思わず声に出した俺の肩で、内林の手がぽんぽんっと跳ねた。
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