第17話 謎の死霊の襲撃
「やいやいやい、ここをどこだと思ってるんだ。プリンシパル伯爵様の執務室だぞ! こんなとこで盛さかってんじゃねーやい! 俺様が許さねーぞ!」
突然の大声に驚いた私たちの前に現れたのは、ぼんやり半透明でふわふわ浮いていて。私にはよく見知った存在のはず……なんだけど、なんなのこの子?
いきなり怒鳴られたのにも驚いたけれど、それがその子の言葉だと理解してからのほうが驚きは大きかった。はっきりとした、声で響く言葉だったから。
私の知っている死霊達は、言葉を発しない。ただ、伝えたいことはなんとなくわかる。それは頭の中に響くというか、言葉を使わない会話。テレパシーみたいな形。私以外に、コントリオンちゃんっていう、子猫の死霊と仲良くなったシリウスも同じように意思疎通をしているはず。
でも、この子は明らかに私たちと同じ言葉をしゃべった。
それから、形。死霊達は生前の姿を多少残す子もいるけれど、基本的にはまんまるふわふわになりがち。でもこの子は、人間の形をしていた。それも5、6歳くらいの男の子の形。全体的に影なんだけど、よく見るとピンピンと逆立った髪の毛や、生意気そうに光る眼もわかる。大きく開けた口には八重歯が光っていた。こんなに生前の形を残しているのは私も初めて見たんだけど……
「――君は、まさか?」
あっけにとられたシリウスの声。それに反応したその子の動きは速かった。
「なんだよ、死霊が珍しいのかコノヤロー! 死霊だからってなめんじゃねーぞ! お前なんかこうしてやる!」
さっとシリウスに飛びかかるとそのまま上半身を影で覆ってしまう。黒いもやのような影にすっぽりと包まれて、シリウスがもがく。すると、シリウスの顔が見る間に青ざめていくのが分かった。
「やだ、大変! あなた、やめなさい!」
私はあわてて、シリウスを抱き寄せ黒いもやから引きはがした。
死霊の特徴として、熱を奪うっていうのがある。人の体に重なって思い切り冷やせば、人間を一瞬で凍えさせることもできてしまう。私は意図的にやったことはなかったけど、アイスを作れるくらいだから、きっとできる。そしてそれは、あっけにとられている間に目の前で行われてしまったのだ。
「シリウス! 大丈夫、意識はある!?」
「さ、寒い……こ、コルテッサ……」
抱き寄せたシリウスの体は冷え切っていた。顔も唇も真っ青で震えていた。私はベッドの毛布でシリウスを包んでおもいきり、抱きしめた。
「大丈夫、気をしっかり持って! 寝ちゃだめだからね!?」
雪山で遭難した人の回顧録を読んだことがある。体の熱が奪われて凍死寸前になると、眠っちゃうんだって。意識が途切れたら最後、もうその人は目覚めない。
「あ――あなた、何てことするの!」
死霊の奪った熱は、死霊でないと返せない。それは私の経験上の知識でもあるし、伝承でもそうだった。だから焦った。伝説では死霊に熱を奪われた人が三日三晩寒気で苦しんだなんて話もある。
シリウスの様子を見ると、寒気で済む範疇を超えている可能性もあった。
「みんな! その子を捕まえて。絶対逃がさないで!」
私は
「な、なんだよ、お前ら!? どっから湧いたんだ!?」
大切なシリウスを凍えさせるなんて許せない! 頭にきた私は、死霊たちを解き放ち号令をかける。
死霊たちは渦になって、その子の周りを旋回する。高速で回転する死霊たちは、黒い檻になって、死霊の子供を取り囲んだ。
突然の反撃に、びっくりしてるみたいだけど、一番びっくりしてるのはこの私よ!
「あなた、なんなの? 返答次第ではただでは済まさないわ」
「シリウスから奪った熱を今すぐ返しなさい。さもなくば、みんなを使ってあなたをすりつぶします」
「な、なんだよ!? お前、そんなことできるのかよ!」
「できないかどうかはやってみないとわからないわね。いいのよ、あなたはたった一人、私の影にはまだまだみんながいるんだから。じっくり細切れになるまでミキサーしてあげる」
私は本当に頭にきていた。多分一生のうち一番頭に来た。クランベルグ大公の時なんかとは比べ物にならないくらい怒っていた。
「みんな、やっておしまい」
冷たく言い放った私の命令に、回転する死霊の檻が範囲を縮める。
そうね、できないと思ってるよね? あなた死霊だもんね、もう死んでるから害されることなんてないと思ってるんじゃないかな?
甘いわね。
「なんだよ!? 脅すのかよ!? こ、怖くないぞ!」
気丈にも言い返す余裕はまだあるみたいね。
「へーぇ、返さないないのね。いいわ。それなら消えて、永遠に。粉々になりなさい。欠片も残さずすりつぶしたら熱も戻るでしょうし」
ぐんぐんと距離を詰める、死霊のミキサー。なまじ人の姿を残しているから、焦っているのがまるわかりね。右往左往しているけど、どこにも逃げ場はない。体を縮ちじこませたってもう駄目よ。
私は本気なんだから。
「わ、わかった! 返す! 返すからやめてくれよぉ!」
子供の死霊に泣きが入ったのはそのすぐあとのことだった。
◆◆
「シリウス! 大丈夫!? 私が分かる!?」
氷のようだったシリウスの体に暖かさが戻っていく。白磁の陶器のようなほほに朱が差して、彼がゆっくりと目を開く。まつ毛が震え、私の大好きなアイスブルーの瞳が現れた。
「すみません、油断しました。……コルテッサはなんともありませんか?」
「私は平気よ。あのへんな死霊は追い返したからね。シリウスも、もう大丈夫だから!」
へんな死霊は、シリウスに熱を帰した後、どこかへ消えてしまった。かなり脅したから早々戻ってくることはないと思うけど、油断はできない。でも、それよりも、私はとっても動揺していた。私が付いていながら、死霊が原因で、シリウスを危険にさらしてしまった。私のせいじゃないのは、わかってるけれど、それでも動揺が隠せない。
彼の体が、どんどん体が冷たくなって行ったとき、もしかしたら、彼が死んでしまうんじゃないかって思って――
「――コルテッサ。大丈夫ですから、そんな泣きそうな顔をしないでください」
彼の手が私の頭をなでた。そのままにじんだ涙をぬぐってくれる。
そして、また頭を撫でられる。少し乱暴に、ぐりぐりと。髪の毛が少し乱れたけれど、いつもと違う撫で方に彼が気を使ってくれているのかなという気がした。
「しかし、まだ寒いです。熱が足りません」
「あ、え、ど、どうする? たき火でも起こす?」
「いえ、コルテッサが居てくれればいいです」
そういって、シリウスは、私を毛布の中に招く。
「ほら、あったかいです」
「あ、うん……あったかね」
「もう凍え死にそうな体温ではないでしょう?」
「……うん、大丈夫だと思う」
「また彼が来るかの可能性もありますが、今はこのままで。君の暖かさがいま一番欲しいです」
「でも危ないわよ」
「その時は、コルテッサが何とかしてれるでしょう? それに、ここで逃げたら彼の思うツボです。ここは私たちの家なんですから」
「それは、そうかもしれないけど……」
彼を心配する私をよそに、シリウスはこのままでという。
「大丈夫、大丈夫……、少し気が立っているでしょう? 私はここにいます。熱もあります。大丈夫」
耳元でささやく彼の声に少しずつ緊張がほぐれてくる。
大丈夫、大丈夫、と繰り返される声に、私ははいつの間にか、眠りに落ちていた。
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