第16話 新居かと思ったら廃墟でした

 歴史だけは無駄に長い私の祖国マルグリッド。そのわりに田舎っていうのはいまさらよね。


 国土の大半が小麦畑と牧草地。さかえているのは王都ぐらいで、人よりも牛のほうが多いくらい。

 その中でも、プリンシパル伯爵領は西の荒野に隣接した王国の端っこだ。ちなみに荒野のさらに先は砂漠になっているらしく基本的に人の住める場所じゃない。


 一方東側は、大きな川が2本通っている。普通川のある土地は、交通の要になったりするんだけど、これがとっても荒れた川ですぐに決壊してしまう。春から夏にかけて台風が何度も来ては領地は水浸し。治めるにはとっても難しい、問題だらけの土地。私たちが向かったのはそんな場所だった。


 まぁ、田舎なのはいいのよ。私田舎好きだし。その辺の草とか見てても楽しいし。

 環境が厳しいのもいいわ。どんなところでもシリウスと二人ならやっていけるわね。

 けれどさすがに、家はいると思うのよ。


「話には聞いていたが、これはひどいな……」


 私たちの新居になるはずの領主のやかたは見事に半壊していた。


「春先に大嵐おおあらしが来まして……」


 シリウスの叔父様にあたる前領主ロベルト様は以前から大病をしていて、王都のサナトリウムで療養中。そのあいだは家令スチュワートのハロルドさんが管理をしていてくれた。


 ハロルドさん古くからプリンシパル家に仕えてくれた人らしく、シリウスのことも子供のころから知っているみたい。真っ白ふさふさの眉毛まゆげを蓄えたワンちゃんみたいな顔をしたおじいさんだった。


「館も100年近く前に建てられたものを直しながら維持していたので、もう限界だったのでしょう。申し訳ありませんな。せっかく坊ちゃまがきてくださったというのに……」


 まぁ、『坊ちゃま』 シリウスが、坊ちゃまって呼ばれてるわ。


「ハロルドさん、あとでお時間はありませんか? シリウスの子供のころの話が聞きたいです」

「ええ、よろしいですよ。奥様」


 ハロルドさんは、片目だけ開け、にんまりと笑った。


「ハロルド、変なことは言わないように……あと、もう坊ちゃまはやめてくれ」

 シリウスは苦虫をかみつぶしたような顔をしていたけど。


        ◆◆


「まずは、私たちの生活する場所を何とかしなければ」

「ほかの場所はないのですか?」

「近場の村はありますが、あいにく私たちが生活するような家を用意するとなると、元々住んでいる者たちから住居を奪う形になります。それはしたくないですね」


 伯爵邸は三分の一ほどの屋根がなくなっていて、雨風が吹き込んだ影響か、中も廃墟はいきょに近い状態だった。けれど、屋根のある部分は掃除をすれば、まだ住めそうな感じ。


「数日後にはリリアさんたちが、王都から荷物を持って到着予定です。それまでに必要最低限のスペースは確保したいですね。王からいくらかの支度金はいただいているので、そのあと大工を雇いましょう」


 ロベルトさんには、領内の村々の長たちと話し合いがあるらしく別行動。

 とりあえず、私たちだけで、館の様子を見て回ることになった。


「廊下は無事ですね。屋根がないのも半分程度ですし、これなら大丈夫かな……」


 壁には、歴代のプリンシパル伯爵だろうか、中年の男性の肖像しょうぞうがずらっと飾られていた。どの肖像も、目元がシリウスとよく似た優しそうな人たちだった。


 私はそれを見てつい妄想してしまう。いずれシリウスの絵もここに飾られるのでしょう? そして、その次にはシリウスと私の子供と、その次はその子供……と。


 シリウスとの子供かぁ……うふ、うふふ……。まだまだ先の話だけど……うふ、うふふふ……


「コルテッサ、ここみたいですよ」


 シリウスの声が、未来の妄想に浸っていた私を現実に引き戻す。

 目の前にあるのは、プレートに執務室しつむしつと書かれた一室だった。


「まずは、各種権利書と、領地の住民台帳を探します。どれだけの住民がいて、どれだけの税収があるのかを私たちは知らなければなりません。この部屋は特別頑丈にできているはずですから、きっと被害はないでしょう」


 ふーん、そうなのね。確かに絶対必要な書類だわ。でも、大事なもののわりに壊れた館に放置されていたのはなんでなんだろう。私の素朴な疑問をよそに、シリウスはドアに手をかける。


「ねぇシリウス、そのドアちょっと歪んでな――」


 い。と言い切る前に、そのままドアは向こう側に倒れていった。


「被害なし……とはいかないようですね」


 シリウスは、今日何度目かの苦笑いを浮かべていた。




 執務室しつむしつは、倒れた樹木が直撃したようで、壁と屋根の一部を突き破っていた。

 吹き込んだ風の影響だろうか、地面には書類が散乱していて、大変なありさま。部屋の中にも植物のツタが伸びてきていて、朽ちた遺跡みたいな雰囲気になっていた。

 

「うわぁ……すごいことになって……」


 この中に書類があるのかしら、確かにこれでは、持ち出せないわね……

 小声で弱音を吐く私を後目にシリウスはすたすたと中に入っていく。


「大丈夫。おそらく机の引き出しの中に――ありましたよ」


 とこともなげに、発見してしまった。




 私たちは、執務室の机を整理し、まずは領地の地図と、領民の帳簿、税収表なんかを広げた。


「ずいぶんのんびりとやっていたのだな。これは、何とかしなければ……」


 固い表情で帳簿とにらめっこ。

 正直シリウスも領地経営なんて初めてなのよね。ずっと司教様をされていたのだから。


 ぶつぶつと悩む彼を横から眺めるしかできない。私は政治や経営のことなんてちっともわからない。


 でも真剣な彼の横顔は、凛々しくってとても頼もしく感じる。きっと彼の頭の中にはこれから領民たちをどうしてあげたらいいか、必死で考えが回っているんでしょうね。

 私の旦那様はとっても優しいもの。きっと優しくて素敵な領主様にもなれるわ。




 シリウスの調べものはそのまま夜になっても終わらなかった。

 その日は、そのまま持ってきた毛布に包まって寝ることになった。仮眠用なのか、執務室にはおおきめのベッドがおいてあって、少しホコリを落とせば使えたからだ。


 シリウスと一緒に横になって、崩れた天井から覗く星空を見ていた。


「ねぇシリウス。私と結婚することになって、後悔はしていませんか?」

 ふと、思いついて、そんな質問をしてみた。


「それは私のセリフです。新居もこんな状態で、ついてそうそうに野宿みたいなものです。コルテッサこそ嫌になりましたか?」

「そんなことないわ。私は、シリウスが居てくれればそれで満足です」


 机に置いたオイルランプの灯がゆらゆらと揺れた。

 暖色に照らされた室内で、シリウスの瞳も金色に揺らめていていた。じっと真剣な目で私を見つめてくれている。


「私もそうですよ。コルテッサ。改めて口にするのは照れ臭いですが、あなたのことを愛しています」


 うん、私もよシリウス。だから今もとっても幸せ。シリウスは申し訳ないように言うけれど、新婚早々、廃墟みたいなお屋敷で星空を眺めて二人っきりって、ちょっとロマンチックじゃない? 私の感性がおかしいのかな? でもそうそうあるシチュエーションじゃないし、特別な気がするのよ。


「シリウス。もっと貴方に触れたいわ」


 横になったまま、シリウスの顔に手を伸ばす。きっと、雰囲気に流されやすいのね私って。


「ええ、私もですよ。愛しの姫様」


 シリウスは私の手を取り、抱き寄せてくれた。私も彼の背中に手をまわして抱き返す。

 ああ、シリウスが私のことを愛してくれるなんて……ドキドキが止まらないわね。


 そのまま何度かキスを繰り返し、


「ねぇ私たち、式はまだとはいえ、もう夫婦なのだし――」


 なんだか、盛り上がった私は止まらなかった。


「いや、しかしこんな環境では」

「シリウスがいれば、どんなところだって、私はいいのよ」


 もうすでに、頭はたいがい、ハートで埋め尽くされていた。

 そんな私に、シリウスは少し迷っていたけれど、覚悟を決めたようだった。


「で、では……」


 そうして、シリウスが私に覆いかぶさってきた時――



 がさがさ! と物音が聞こえた。


「何者だ!?」


「人んち家でなに、乳繰り合ってるんだばかやろー!!」


 大声と共に、木の陰から飛び出してきたものは、人の形はしているのだけど、なんだかうす黒くてぼやぼやしていて、半透明で――って、これ私とっても見たことあるわね。


 人間の子供程度の大きさの死霊っぽい何かだった。

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