第13話 パリパリガレットとデート

「ご機嫌よう、シリウス様」


 穏やかな日曜日の午前、広場の噴水前に馬車で乗り付けた私は、エスコートをしてくれたリリアの手を取りふわりと大地に降り立った。


「今日は、お招きいただきありがとうございます。一日千秋いちじつせんしゅうの想いで楽しみにしておりました」


 駆け寄り、シリウス様の手を取る。

 伏し目からの顔を上げて、ニッコリとふんわりとまぶしい笑顔を作って……、


「今日のコルテッサは、一日中、シリウス様だけのものですわ。よろしくお願いしますね」


 ――決まったわ! 昨日の夜遅くまでリリアと一緒に考えた最強のイントロダクション。

 これでシリウス様のハートもわしづかみね!


 ……と思ったら、シリウス様なぜか石化してらっしゃる? まぁ端正なお顔が引きつって。


「姫、今日はお忍びだと、そう申し上げたはずですが……」


 王都の中央広場は田舎のマルグリッドにあっても、それなりの人通りがあった。

 王家の紋章が入った馬車が乗り付けたとあっては、何事だと足を止める人が多かったようだ。

 

 私たちを中心に人垣ができていた。


 あー、まぁこれは予想はしていたんだけど、でもね。


「シリウス様。姫様は城外に出るのは初めてでいらっしゃるので、徒歩でというわけには行きません。王家にもこれ以外の馬車はありませんし、新たに買う予算も出ません」


 リリアが、すぐに理由を説明してくれた。私も、ちょーっと目立っちゃうかなー? とは思ってたのよね。でも、お母さまも『歩いていくなんて言語道断!』と怒るし。


「それに、大丈夫そうですよほら」


 見ると、国民たちは、なんだ待ち合わせかと、すぐに解散していった。

 マルグリッドの国民たちって、みんなのんきなのよね。


 そして、私は城に引きこもってるのが好き。


 私ってば、悪い噂は多いけど、本当に居るのか怪しい謎の妖怪みたいな扱いらしいから、私たちを見た人も、姫一行なんて、思いもしなかったんじゃないかな。


「……姫は街に出るのは初めてなのですか?」

「? ええ。まったくの初めてです。ですから楽しみにしていました」


 あらなぜかシリウス様の顔が不機嫌そうに……。

 眉がぐっと寄って厳めしい雰囲気が出ているけど、これもまた顔が良いと、拒否感は全くないわね。


「すいません、気に障られたでしょうか……?」


 でもシリウス様に嫌われたらもう生きていけない気がする。サーっと血の気が引く思いがしたから、すぐに謝った。


「い、いえ、大丈夫です。こちらこそ配慮が足らず、すいません」

 ぱっとシリウス様はいつもの柔和な表情に戻った。そして私に手を差し出してくれる。


「では。今日は私が、エスコートをさせていただきます。街をご案内しますよ」


             ◆◆


「シリウス様、これは何というものなのですか?」


「これはですね、クレープと言います。最近流行りのケーキのようなお菓子ですね。都会の方では人気のようですね。マルグリッドにもお店ができたようです」


「ふむ、クレープですか……」


 ふむふむ、専用の平らなコンロが要るのね。

 目の前でスーッと薄く引き伸ばされた円盤は黄色くすべすべで、大粒で藍色のベリーをたくさん挟んでチョコソースをささっとかけたら、それだけでお城で出して遜色そんしょくのないお洒落なお菓子になった。

 生地が焼けるとふんわりと甘い香りがただよって、とってもそそるわね。


「姫は、お菓子作りに興味が?」

 野外に張り出したショーキッチンをいつまでも凝視していたら、シリウス様が私の顔を覗き込んでいた。……あらやだ。そんなに集中していたかな。


「ええ、実はリリアと一緒に作るんですよ」

 

 リリアは馬車と一緒に帰ったので今この場にはいない。

 リリアの実家は宿屋を営んでいて、娘のリリアも、たくさんの料理を知っている。年中暇な私はお城のキッチンを借りてよく作っていたのだ。


「得意なお菓子はアイスクリームですよ。昨日も作りました」

「へぇ……氷なんて貴重品、春先によく手に入りましたね」

「死霊たちにボウルの縁をぐるぐる回ってもらうんです。そしたら温度が下がるから氷なんて使わないんですよ」

「な、なるほど……」


 死霊たちの意外な使い方にシリウス様がちょっと焦ってた。焦った顔も可愛いななんて思いながら私たちは、食べ物の露店を眺めていく。


「これはなんですか?」

「これはですね、ガレットというそば粉を使った軽食ですね。このお店では、持ち歩けるようにして人気のようです」


 パリパリの生地の上に肉厚なカットベーコン、ぷりっとした卵とほうれん草とチーズがふんだんに包んである。焼きたてを出してくれてるみたいでほかほかだった。

 これは、うん、おいしそうだわ……。


 なんて見ていたら、シリウス様がくすりと笑う。

「気になりますか? 食べてみましょう。すいません、ふたつ頂けますか」


 お店の店員さんから受け取ったそれを手渡してくれる。

 シリウス様が買ってくれたガレットはおしゃれな包装に包んであって、ふんわりと卵とチーズのいいにおいがただよう。ガレットの中央で、半熟の卵がぷるぷると震えた。


「ありがとうございます、え、これどうやって食べるのですか? スプーンとかは?」

「そのまま端から食べていいのですよ」


 そういって、シリウス様は大きく口を開けて自分の分をパクリと一口。

 ね? 簡単ですよ。なんて目で言ってくれるけど……。


 私ってそういう食べ方したことないのよね……これでも一応お姫様だったし。


 シリウス様はいつものニコニコ笑顔だし、期待されているのを感じるわ……。

 ええい、ままよ!


「おいしい……」


「でしょう? 実はこのお店は私もよく足を運ぶのです。姫と一緒に来たかったのです」


 私はもぐもぐパリパリとガレットを食べる。

 半熟の卵の部分が少し食べにくさがあるけど、この触感の違いは病みつきになる。少し濃いめの味のソースとかかけてもおいしいかも。シンプルだから、どんな食材を乗せてもおいしいと思う。


 塩漬けのお魚とかもいいわね。マルグリットには、大きな川があって、サーモンならたくさんとれる。桃色のサーモンはとてもおいしい。香草とちょっと手に入りにくいけど、胡椒を使って……トッピングに何をチョイスするかでずいぶん変わる気がするわ……。


「姫? 大丈夫ですか?」

「え、はい!」


 ふいに声をかけられ我に返る。私ってば、考え事に夢中になっていた。ごはんのことを考えるとついつい夢中になっちゃうのよね。


「すみません、ガレットが美味しすぎてつい」


 えへへ、と笑ってごまかす。

 デート中にご飯のことに夢中になってしまってははしたないわね。


「そうですか、それはよかった」


 笑って、すっと、とても自然に。シリウス様の指先が私の唇を撫でた。

「卵、ついてましたよ」


 シリウス様の大胆な行動に、私はビシッと固まってしまう。

 何があったか、理解すると、恥ずかしくて頭に血が上ってきた。


 それを見つめるシリウス様はにっこにこだったけど、私は笑う余裕なんてない。不意打ちでそれは卑怯でしょう!?


「あ、あの、あののの……、今くちびる……」


「さぁ! 次も私のおすすめのお店ですよ。姫もきっと気に入ると思います」


 私の手を引きどんどんと進むシリウス様。


 い、今のは何なの!? シリウス様、大胆!

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