第14話 アイスブルーに触れたくて

 そのお店は、王都の表通りから少し入ったところにある、さびれた区画にひっそりと建っていた。

 植物が形作るアーチをくぐると、古びた木製の看板には、簡素に『アクセサリーほか・ゴルドー工房』とだけ書かれていた。


「ここの店主は商売っ気がなくて困りものなんです」

 なぜかシリウス様が代わりに謝った。


「ゴルドーさん、居ますか?」

 シリウス様が呼びかけると、奥のカウンターから中年の男性が顔を出した。

 

「シリウスさんか」


 うわ、声渋い……。私が最初に思ったのはそれだった。

 険しい表情をしているけど、不思議と威圧感は感じない。職人さんと聞いていたけれど、小ざっぱりとして身なりは整ってる。王宮の執事長さんも務まりそうね。


 ゴルドーさんは、ちらりと私を見て、


「お初にお目にかかります。コルテッサ様。わたくしはここでしがない装飾品職人をしていますゴルドーと申します。以後お見知りおきを……」


「あ、はい……こちらこそよろしくお願いいたします。コルテッサ=マルグリッドと申します」


 私の方がかしこまってしまった。

 まぁ姫と言っても実体は引きこもりの妖怪ですから! 他人と会う事があんまりなかったのよね……。


「少しゴルドーさんとは話す事があるので、姫様は店内を見ていてください。そんなに時間はかかりませんから」


 とシリウス様とゴルドーさんは、奥の部屋に行ってしまった。


 ふむ、私、あんまり単独行動ってしたことないのよね。急に一人にされるとどうしたらいいかわからなくなる。

 でも、目の前にはキラキラとした色んな商品が並んでいた。そわそわと好奇心に負けて私は商品を見て回りだす。


 店内は暖かな光を照らすランプが沢山おいてあって、その光がアクセサリーを照らしていた。

 王宮にやってくる宝石商の人に高級な装飾品は見せてもらう事はあったんだけど、ここで見るアクセサリーたちは特別キラキラに見えた。照明の効果ってすごいのね。


 一見シンプルな指輪でも、細やかな細工が彫り込まれてある。嫌味がない程度に金とダイヤをあしらったネックレスは、夜会用のドレスにもよく合いそう。


 宝石もいろんなものを扱っているらしく、ダイヤにサファイア、ターコイズ、ひときわ大粒のルビーを加工したティアラは、ショーケースの中で輝いていた。


 「すごいわね、このお店……、王宮御用達より品揃えがいいんじゃないかしら」


 宝石もいいものがあるんだけど、銀や金の細工がすごいのよ。こんな細かいのをゴルドーさんが一人で作ってるのかな? 繊細でそれでいて大胆なデザインはとても上品で、どんな服にも似合いそう。


 そんな中、ひとつの商品に私の目は釘付けになってしまった。


 シリウス様の瞳の色に似たアイスブルーの宝石を4つと銀の飾り細工をあしらった髪飾り。

 普段使いにもできそうで、全然派手じゃないんだけど、ふっと目を引くおしゃれさがある。

 右から左から、いろんな方向から眺める。そのたびに、思わずため息が出た。


「はぁー……、これ、素敵ねぇ……」

「それ、気に入りましたか?」

「ふあ!?」


 急に声をかけられて、思わずびっくり。振り返ると、シリウス様がいつものニコニコ顔で立っていた。


「いえ、まぁ……、いいえ、はい。素敵だなって思ってました」

 シリウス様相手に取りつくろっても仕方ないわよね。私は感想を素直に言った。


「姫様、よろしければプレゼントさせてください」

 そうしたら、シリウス様がそんなことを言ってくれた。

 さっさとゴルドーさんに声をかけて、支払いを済ませる。

 

 私があっけにとられている間に、その髪飾りは私の頭に飾られていた。


「姫様、とっても似合いますよ」

 なんて、じっと目を見て褒めてくれるけど、嬉しくて私はそれどころじゃない。


「いえ……、あの、その……」

 もごもごと中々話せずにいたけど、何とか、


「ありがとうございます、シリウス様。とっても、とっても嬉しいです!」

 と言った。


       ◆◆


 そのあとも、王都の中を色々と散策した。

 自分の国なのに、私は街のことなんかこれまでちっとも知らなかったけれど、シリウス様が案内してくれる王都はとっても楽しくて、いつまでもこの楽しい時間が続けばいいのにと願ってしまった。


「シリウス様、お料理とってもおいしかったですね! あの子羊のソテー、とっても柔らかくてソースもおいしくて!」


 王宮の外にこんなに楽しくて、おいしいものがあったのかとびっくりするばっかりの一日。

 エスコートしてくれたシリウス様には感謝しかない。

 こんな素敵な人が私の旦那様になってくれるなんて、本当にいいのだろうかと心配になってしまうくらいだ。


「ええ、また王都に戻った時は行きましょうね」


 ディナーの後は、王都の少し郊外にある公園にやってきた。

 もともとは昔の戦争の時の戦勝記念広場だったらしいけれど、今の平和なマルグリッドでは国民の憩いの場所だ。


 少し高台からマルグリッドの街を見下ろす。

 近年急速に広まってきたオイルランプの灯がまばらに灯っていた。


「夜景を見ると、少し前のクランベルグ旅行を思い出します。あの時、喧嘩しちゃって本当によかったなって……」


 あの時、傍若無人ぼうじゃくぶじんなクランベルグ公に言い返さないで、黙って嫁入りしていたら一体どうなっていたんだろう。もちろん幸せになんてなれなかっただろうけど、私の短気もたまには良いことあるじゃない、と自分をほめたくなってしまう。


「姫が逆らわなくたって、ちゃんと止める気でいましたよ」


 その為に、あの旅に同行したのですから。とシリウス様。

 そうね、いつだってシリウス様は私のことを気にかけてくれていた。


「ねぇ、シリウス様。私本当に今幸せなんですよ。幸せすぎて、これが夢なんじゃないかと心配になるくらいに。明日目が覚めたら、見知らぬ土地に嫁に出される日で、シリウス様がいなくて……なんてことがあるんじゃないかって思えるくらいに」


「そんなことを言わないでください。大丈夫、これは現実ですから」


 シリウス様は優しく、私の手を握ってくれた。


 彼の手は私の手よリも大きくて少しひんやりごつごつしていた。

 握る手の感覚に、心底安心する。ああ、私の好きな人はここにいてくれて、これからもいてくれるんだなと実感できる。


「姫、実はこんなものが……」


 ふいに、シリウス様が懐から出してきたものは手のひらに収まるくらいの小さな箱。


「受け取ってくれますか? また正式なものは別の機会ですが……」


 シリウス様が蓋を開けると、そこにあったのは、シリウス様の瞳と同じ色のアイスブルーの宝石が付いた指輪だった。


「ゴルドーさんに注文していたんです。急いで作ってもらったのですが、姫のお気に召すかどうか……」

 珍しく、シリウス様の声が緊張しているのが分かった。


「うれしい……」


 もう、それしか言えなかった。

 本当にうれしい時って、「うれしい」以外の言葉なんて出てこないんだなって初めて知った。


 シリウス様が、私の手を取って、薬指にリングを通した。もちろんサイズもピッタリ。

 用意周到なシリウス様のことだから、リリアにサイズも聞いていたんでしょうね。リリアったら、出かける前から、すごくにやにやしていたから。


 婚約の指輪。彼の妻になるっていう誓いの指輪


「これもシリウス様の瞳と同じ色の石ですね」


「いや……、ええ。実は狙っていました」

 シリウス様は頭をかきながら白状する。


「私がいないときでも、姫を守れるように。そして、姫は私のものだという証に……と思ってしまいました。独占欲が出てしまったのです。こんな男は、気味が悪いですか?」


「そんなこと、ありませんわ」

 その気持ちはただひたすらに嬉しい。私はシリウス様のもの。ほかの誰でもない、貴方のものだから。


「私は貴方の妻になります。だからこれでいいのです」


 私は力強く断言する。シリウス様もにっこり微笑んだ。


「ねぇ、シリウス様。これから夫婦になるのですし、『姫』というのはもうやめませんか? 私のことは、単に『コルテッサ』と」


「わかりました。では姫――コルテッサも、私のことは、『シリウス』とだけ呼んでください」


 そうね。それが良いわね。私が頷くと、シリウスは。


「では……、コルテッサ」

「はい、シリウス」


 ……名前を呼び合うだけっていう何ともぎこちないやり取りがなんだかおもしろくて、二人でクスクス笑ってしまった。


「コルテッサ」

「シリウス」

「コルテッサ」

「シリウス」


 二人で何度も呼び合う。


 次第に、呼びかける声が小さくなって、それにつれて自然と私たちの顔は近づいて行った。


「コルテッサ。君を愛している――」

「――はい、私もです。シリウス」


 そう言って、私たちはぎゅっと抱き合って、くちびるを重ねた。


 初めてのキスは、絵物語で語られる味なんてしなくって、ただ彼の触れる感触だけが印象に残った。


 そのまま、歯止めが効かなくなって、何度も何度も口づけを交わした。


 私を抱きすくめる彼の手が強くて、少し苦しかったけれど、それがとてつもなく幸福なことに感じた。


 私たちは、明後日、領地入りをする。

 城の使用人たちに死霊の姫と恐れられている私は、王城での結婚式はしないことにした。


 するとしても、自分たちの領地で、しっかりと落ち着いてから。

 シリウスと二人、自分たちの場所を一から作っていこうと決めた。


 願わくば、私のことを受け入れてくれる人たちが多いと嬉しいなと思った。


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