第12話 リリア=ホランドの事情
「姫様? 何をしてるんですか?」
「んー、死霊たちで物を動かす練習よ」
あの波乱に満ちたクランベルグ旅行より少し前。まだ姫様が17歳だった日の記憶。
そういえば、姫様は死霊たちを使って、旗を振っていました。
――そう、旗。フラッグ。マルグリッド王国の国旗。
数本の短い手振り旗が空中でぶんぶんと振り回されているのを見て、私は阿呆のように口を開けていました。
「この子? たちって物を持ち上げられるのですね……」
「うん。昔はできなかったのだけど、訓練していたらいつの間にかね。はい、みんな整列。3列に並んでー」
姫様は嬉しそうに死霊たちに号令をかけています。
聞くと、自分の誕生日パーティの席で、死霊たちによるパフォーマンスを披露したいのだとか。
「お城のみんな、この子達のこと嫌いでしょう? でもそのままではいけないと思うの。この子たちのかわいい姿を見たら、みんなの見る目も変わると思うのよ。リリアはどう思う?」
……姫様は聡明さも持ち合わせていますが、時々抜けています。死霊に恐れ慄いているお城の人間たちが、それを見て朗らかな気持ちになるとでも思ったのでしょうか。死霊のラインダンスや、マスゲームを見せられては、良いとこ引きつけを起こして倒れるのが関の山です。
「まぁ……、よろしいのではないかと」
かろうじてそれだけを絞り出して、私は元の仕事に戻りました。
今は姫様の部屋のお掃除をしているところでした。空中にものが飛んでいるのを見て、一瞬呆気に取られて声をかけてしまいましたが、メイドらしく、まずは仕事をしませんと。
「……リリア。これもやっぱり、見えないの?」
「はい。私には空中に旗だけが飛んでいるように見えます」
姫様が寂しそうにこちらを見ているのが背中越しでもわかりました。
私が死霊の姫と呼ばれる姫様の唯一のメイドとしてお仕えできる理由。それがこれです。
――私には死霊が一切見えない。
霊感、とでもいうのでしょうか。それが私には壊滅的に無いようなのです。
今のように、死霊が起こした事象はわかります。ものが飛んだり、火が揺らめいたり、風を感じたり。
ですが、城のみんなが口を揃えて言う、なんとも言えない居心地の悪さ、寒気、不安感。それらを感じたことは、まったくありません。
「私は、リリアにもこの子達のかわいさを知ってほしいんだけれどね」
「仕方ありませんよ。見えなくとも、ちゃんと居るということは知っていますから」
そういいながら、私は掃除道具を片付けた。
「さぁ、姫様。そろそろ御髪を整えましょう。午後には聖堂に参られるのでしょう? 今日はどのようにしましょうね。シリウス様が思わず、見惚れてしまうような髪型を研究しましょうか」
「それ、良いわね! お願いねリリア」
天真爛漫な表情を浮かべ、鏡台ドレッサーに座るコルテッサ様。
まったく、本当に明るい方。城のみんなに恐れられ、避けられても、ちっとも気にする素振りを見せない。最初は気丈な姫なのだろうと思っていたけれど、実は何も感じていないだけらしい。
そう、コルテッサ様はきっと、天然だ。
私といるときはよく笑うし、冗談も好き。かわいいものをこよなく愛し、死霊たちもかわいいと溺愛している。(私にはわからないが)
笑顔ももちろんいいが、悲しそうな表情してる時の姫は、ひどくエモいので私は推奨している。特に、姫の思い人のシリウス司教には、ヒットしているように思う。
悲し気な表情で祈りを捧げている姫に視線が釘付けになっているシリウス司教を見たときピンと来た。
私は、死霊が見えないから、姫様のお側に居られる。
けれど、私では、一人の人間としての姫の人生に寄り添うことはできないように思う。
シリウス司教はなぜか死霊が平気な様子。
姫がたくさんの死霊を飛ばしていても、気にせず笑っていた。
コルテッサ様。リリアは、姫様の恋心を応援しています。
願わくば、かの穏やかな君きみが姫様と共にあらん事を――。
クランベルグ行きが決まった時、姫は気落ちをした様子だった。
だけど、すぐに気持ちを切りかえて、旅行の準備を始めていた。
切り替えの良さも、姫の美徳だなと感じた。
結果的に、散々なことになったけれど、私はあの時の姫の啖呵にしびれたのだ。
いくら何でもあの親子は失礼すぎた。死霊をけしかけて、ボロボロに怯えさせたのは胸がスッとした。まぁ、いささか乱暴ではあったと思うが……
――そして今。
陛下に呼び出された後、自室に帰ってきた姫様は有頂天だった。
「ねぇねぇ、聞いてリリア! シリウス様が結婚してくださるの! シリウス様と結ばれるのよ! シリウス様が、伯爵様なの!」
興奮のあまり、室内をくるくると舞い踊っている姫様。
いったい何を言っているのかさっぱり要領を得ない。
シリウス様? 結婚? 司教様だからダメって話では? それに伯爵様? Why?
なんとか姫様を落ち着かせて、事のあらましを聞き出した。
はぁーーーー、……シリウス様やるじゃん。それはカッコイイわ。
へー、姫様が伯爵家の花嫁ねぇ……
私も思わず笑みがこぼれる。
これはプロデュースし甲斐があるわね。来週には領地入り? 相変わらず弾丸日程ね。この国には余裕を持つという概念がないのかしら……
「でね! 今晩一緒に食事をとお誘いを受けたのよ! どうしましょう! 何を着ていったらいい?」
姫様は、はじけんばかりの笑顔だった。普段なら悲し気な表情推しの私だが、さすがに今日は笑顔でいいでしょう。
「そうですね……。ちょっと華はなやかで彩いろどりの良いドレスを選びましょうか。このベージュとピンクをあしらったものなんかどうですか? お化粧も明るく健康的な印象で――」
姫様を鏡台ドレッサーに座らせ、いつもの様にプロデュースする。
私は、死霊の姫の唯一の側仕えメイド。リリア=ホランド。
妹のような、愛しの姫様。いよいよお嫁に行くのですね。
いいでしょう。このリリア=ホランド、全身全霊をもって、姫様を仕上げて見せますよ。
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