第9話 死霊の姫はバージンロードの夢を見る
「我が娘、コルテッサ=マルグリッド。今日こうして改めて呼び出された理由はわかっておろうな」
マルグリッドに戻って二週間後。私はお父様に再び
お父様のお顔はどこか、緊張の面持ちで何か重大な出来事を伝えようとしているのはすぐにわかった。
仕方がないわよね。あんな事件を起こしたのですから。
私が死霊をけしかけた一件は、その後のクランベルグ公が教会から破門された事と相まって、大きな噂になってしまったらしい。
死霊の姫はどうやら教会とも大きな力でつながっているらしい。
関わったら破門になるらしい。ほかのものも、どんな目にあうかわかったものではないぞ、と。
私の悪名はうなぎ上りね。といっても、もはやどうでもいいことですけど。
それよりも、私には大きな
クランベルグから帰ってきてからすぐ、教皇庁から呼び出されて、中央に行ってしまった。それっきり、手紙もなく、日にちだけが過ぎている。
お父様もクランベルグからの経済支援が白紙になった件で対応に追われていて、なかなか会えない状態だった。
そして、今日だ。
これは間違いなく、私の責を問われる場だろうと、覚悟していた。けれど……。
「こたびの事は、私が悪かった。許してほしい」
お父様の口から出たのは、謝罪の言葉だった。
「たいして調べもせず、お前を他国にやったことは浅はかな判断だったと、今では後悔している」
「そんな、陛下。謝らないでくださいませ。わたくしは王女としての責務も果たせず、騒動を起こして帰ってきただけなのです。シリウス様がいらっしゃらなければ、今頃もっと酷い事になっていたに違いありませんわ……」
私も、今回のことは流石に反省した。
昔から、そういう所があったのだけれど、もうこれからは決して短気は起こさないようにしようと心に決めた。そう思い、お父様の前で
「そうか。そういってくれると助かる。ところで、詫びと言ってはなんだが、お前に新しい縁談があるのだが……」
「……なんですって?」
お父様は、昔から人の心に鈍感で、他人の気持ちを推し量れない
私はこほんと、咳払いを一つ。
できるだけ、ドスが効くように声をひそめ、言ってやった。
「私は、今後、
「ま、まぁ待ちなさいコルテッサ。王家の娘がそれは流石に」
「いいえ、待ちませんわ、お父様! 未婚がだめならば、修道院にでもなんでも追放してくださいな」
私は、お父様に噛みつかんばかりの勢いで言う。
「コルテッサは、もう好きでもない殿方のところへは参りません! それがかなわないのならば、一生結婚など、しなくてよいのです」
幼いころに夢見たバージンロードの先には、シリウス様がいた。
でもそれはかなわない願い。シリウス様は神職にその身を捧げたお方。教皇
こんな田舎の姫とはそもそも住む世界の違う方だったのです。
「待つのだコルテッサ! ああ、もう、会った方が早い。さぁ、さぁ、早く来なさい」
はい? その相手が今この場に居るというの?
――何てこと。さぁ、みんな出番よ。思い切り暴れるわよ。
死霊たちを解き放とうとしたその時、現れたのは……
「……え、嘘……そんな」
その人は、淡く小麦色に光る髪と、穏やかな湖面のようなアイスブルーの瞳を持っていて、見るものすべてを癒すような、優しげな表情を浮かべていた。
普段の僧衣ではなく、立派な貴族の装いに身を包んで、ゆっくりとした足取りで歩いて来る。
「紹介しよう。この度、マルグリッド王国、プリンシパル伯爵領を継承した、シリウス=プリンシパル伯爵だ」
そして、この度のお前の縁談相手でもある。とお父様は言った。
「ご無沙汰しております。姫様」
「え、え? どうして……?」
私は動揺しすぎて、何も言えなくなる。
伯爵様って、どういう事? 司教職はどうしてしまったの?
衝撃で頭が回らない。
それに、私の縁談相手って……
「実は、子供のいない叔父が病気で療養したいと言い出しまして。一族のものは僧籍が多く、領地を継承する者が居なかったのです。私にも話が回ってきたのですが、祖父が教皇になってしまったことで、今後しがらみが増えそうでしたので、いっそ還俗してしまおうかなと」
あっけらかんというシリウス様。
あまりに軽く言うものだから、こちらもあっけにとられてしまう。
「じゃ、じゃあ。シリウス様はもう聖職ではないのですか?」
「そうですね」
「では、身分の違いは……?」
「お前は王族ではなくなってしまうが、祖国の伯爵位ともなれば、私はかまわんと思っている。教皇位を輩出したプリンシパル家はもはや、ただの伯爵位とは言えないからな。王家としても、結びつきを強める必要がある」
ふん、とお父様が鼻を鳴らす。
「『コルテッサは好きでもない殿方のところへは参りません』だったか?」
彼ならば、どうなのだ? とニヤリと笑った。
お父様の意地悪なやり返しに、私は、返す言葉もない。
だって、だって、それどころじゃなかったから。
次から次へと涙が溢れてくる。
シリウス様、シリウス様……!
そんな事が、本当にそんなことがあり得るのでしょうか。
「幼き頃より、姫様のことは僧籍ながら、影にお慕いしておりました。貴女のその一途でまっすぐなお心、美しく可憐な姿に恋心を禁じえませんでした」
そういって、シリウス様は
「――コルテッサ様。どうか、わたくしとのもとに来ては下さらないでしょうか」
あのクランベルグの日のように、まっすぐに手を差し出してくださったのでした。
その問に対する、私の答えはもちろん。
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ここまで読んでくださいありがとうございました。
コルテッサのお話は、第一部が終わりまして、次回より新展開となります。
今後も、ゆっくり更新ではありますが、続きを書いていこうと思っていますので、面白いと思われたら、応援および、評価をどうぞよろしくお願いいたします。
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