第8話 破滅するのよ、コルテッサ=マルグリッド

 たっぷり十数分かけて怖がらせたあと、私は死霊たちを自らの影に撤収させた。


 部屋のまんなかでは、涙と汗でボロボロになってへたり込んでいる親子の姿があった。


 流石にやりすぎたわね……

 一国の君主に対して、これは最悪、戦争になるかも。

 

 国から追放したって事にして、私が海外逃亡したら、なんとかマルグリッドは無事にすまないかしら? さすがに無理かな……


「えー、こほん。あのですね。【悪霊】ではなくて【死霊】です。【死霊の姫】」


 今更どうでもいいのだけど、一応、訂正しておく。あだ名とはいえ、他人の名前を間違えたままにするのは、失礼だもの。


「こんな娘、嫁にいらないでしょう? ね? また死霊たちをけしかけられても嫌でしょうし、ここは穏便に婚姻破棄ってことにしませんか?」


 儚い願いを込めて頼んでみた。だけど……、


「――あ、悪魔……! 貴女悪魔よ! 異端だわ! 教皇庁がこんな存在許さないわ!!」


 威厳も何もない姿ではあったけれど、敵意をむき出しにして、エリザベス公は叫んだ。

 あー、やっぱりダメね。それはそうよね……


「きょ、今日は教皇庁の使者が来て、神の名のもとに誓いが交わされる予定だったのよ! きっと、もうすぐ使者がやってくるわ! その時、貴女は悪魔として告発されるのよ!」


 ええ、それは困る……

 

 【死霊】の存在は一応認知されているのだけど、教会中央のほうでは理解がすすんでいないと、シリウス様に聞いたことがある。

 もし間違って、悪魔つきとか、魔女とかに認定されたら、待っているのは火あぶりの刑だ。


 ただでさえ、呪われているのに、申し開きはできないかもしれない。

 私はサーっと血の気が引いていくのを感じた。


「こ、こここ、こんなことをして、ただですむと思わないことね! 貴女の国も! 貴女も! 破滅するのよ、コルテッサ=マルグリッド! さぁ、教皇庁の使者はまだ!? 誰か早く連れてきてちょうだい!」


 ……あぁ、彼女の言った通りになっちゃった。

 私の短気のせいで、国が滅ぶかもしれない。よくても私は死刑でしょうね。

 

……私も死んだら【死霊】になれるかな。そしたら、シリウス様とずっと一緒にいよう。



 そんなことを思っていたら、



「教皇庁の使者ならば、最初からここにいますよ」


 そう言って、場に進み出たのは、シリウス様だった。


「申し遅れました。クランベルグ大公閣下。わたくし、現教皇ハインリッヒの孫にして、教皇庁監査局所属兼、マルグリッド王宮司祭、シリウス=プリンシパルと申します」


 一同唖然としたわ。

 あっけにとられている私たちをしり目に、シリウス様はいつもの笑顔のまま、懐から書面を取り出し読み上げ始めた。


「クランベルグ公。貴女には教皇庁から、各地の教会への賄賂と、教会選挙での不正幇助の嫌疑がかかっています。ほぼ内偵はすんでいますので、言い逃れはできませんよ。まぁ、教会法でのことなので、この国での法的強制力はありませんが、よくて破門は免れないとお考えください」


つぎに――とシリウス様は続ける。


「この度のマルグリッド国とのご縁談ですが、教皇庁としても認めない、という旨をお伝えしに参りました。理由は……お分かりですよね? あまり世間には知られていないのですが、わたくしや現教皇ハインリッヒの生家はマルグリッドにありまして、我が国の姫殿下をこのように扱う国との縁談は教皇の権限を持って、無効とするそうです」


これがその、教皇の署名入りの命令書です。

とシリウス様は、呆然とするマルコ=アルマニオに書類を渡す。


「なっ……なっ……」


 その隣では、エリザベス大公が、酸欠の金魚みたいに、口をパクパクさせていた。

 驚くのも無理はないわ。かくいう私もすごく驚いてしまっていた。


 あの優しい、プリンシパル翁が今中央で、教皇様をされているなんて!


 都会の情報はほとんど入ってこないほどド田舎なマルグリッドだけど、流石に自分の国から教皇様が出たなんて大事件をみんな知らないなんて、辺境すぎる。

 

 我が国ながら危機感を感じるわ……。


「さらに申し添えると、コルテッサ様の体質は、教皇ハインリッヒ自身が、マルグリッド国大司教時代に、教皇庁へ報告し承認されている現象です。今さら騒ぎ立てた所で、別段コルテッサ様は痛くもかゆくもないという事ですね」


「で、でも、そうだとしても! こんな無法がまかり通ると思っているの!? 」


「自業自得でしょうに。私は、姫とは幼いころからのお付き合いをさせていただいていますが、姫様はよっぽどの事がない限り、死霊をけしかけたりはしません。――そして、そのよっぽどの事を貴女はしました。仮に問題になったとしても、私が証言しますよ」



「そ、そんな……、そんな……」


 エリザベス公は、がっくりと肩を落とし、それきりへたり込んでしまった。



「シリウス様!」


 私は、彼の元へ駆けていく。


「すいません、コルテッサ様。実は、この縁談は最初から、破談にするつもりでご同行させて頂いていたのです。コルテッサ様からクランベルグの名が出たときにはもう、教会法違反の調査が済んでいたので」


 とシリウス様は、困ったように笑う。


「いいの、そんなことは、もうどうでもいいのです!」


 それよりも、私は嫌で嫌でしょうがなかったこの婚姻から、シリウス様が救ってくれたことが嬉しくて嬉しくて、たまらなかった。


 思わず涙が零れてくる。

 溢れた涙でにじんで、シリウス様のお顔がぼやけてしまう。


「姫にお借りした、この子が祖父との連絡訳を果たしてくれました。すごいですね。彼はこの距離を、手紙と共に一晩で往復してくれましたよ」


 シリウス様の影から、にゅうと、元子猫の死霊が出てきた。

 どうだ偉いだろうというように、私たちの周りをくるくると回る。


「すごかったのね、あなた。ほんとうにありがとう」


 私は涙を拭きながら元子猫死霊の頭をなでる。

ひんやり半透明の彼は私の手をすり抜けたけど、とっても誇らしげな顔をしていた。


「では、姫様。もうここには用はないと思われます。帰りましょう。私たちのマルグリッドへ」


 いつも通りのとっても優しそうな微笑みをたたえて、シリウス様が手を差し伸べる。


 私はそれにとっても感動してしまって、


「はい、帰りましょう。みんなで一緒に!」


手をとるのを通りこして、シリウス様の胸に飛び込んでいってしまったのでした。


シリウス様は大変慌てていたけれど、そのまま私を受け止めてくれて、私は自分のしてしまったことに気づいて赤面。


だけど、


「大丈夫です、姫様。もし許していただけるのならば、今しばらくこのままで……」


改めて、しっかりと、抱きしてめてくれたのでした。


こうして、波乱に満ちた、私たちのクランベルグ旅行は幕を閉じたのです。

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