第7話 死霊のサークルダンス
――――ママ!?
今この男、女大公のことを『ママ』と呼んだかしら?
人前で? 30歳にも近い成人男性が!?
あまりのことに、一瞬頭の中が真っ白になりかけた。
横を見ると、シリウス様も、リリアもお口あんぐり。
これは、マザコンというものかしらね……
でももう関係ないわ。私は完全にこの婚姻をぶち壊す気でいる。
そしたら、もうこんな国すぐにでもおさらばですからね。
「一部始終をお聞きされていたと思いますので、端的に申し上げますが、ご子息の無礼は目に余りますわ。わたくしはマルグリッドの姫として、この度の婚姻を白紙に戻して頂きたいと思っています」
ちらりと私を一瞥したエリザベス女大公は、はぁ――と深い溜息をついた。
「弁えるのは貴女よ、コルテッサ=マルグリッド」
ぴしゃりと言い放つ。思いのほか体の芯に響く声だった。
「貴女、この度の婚姻で、貴女の国にどれほどの結納金を送ったかわかりますか? また公式に締結した、経済支援は? 我が国は公国ながら、経済的にとても豊かなのです。田舎のイノシシ姫にはわからないでしょうが、そのお金で貴女の国は大いに潤ったでしょうね」
は? この女脅す気かしら。
そんなものに屈する私じゃないわよ。
「お言葉ですが、そのようなもの、耳をそろえてお返ししますわ。我が国は、屈辱にまみれてまで豊かでいようとは思いませんの」
「あらそう、では貴女の悪名はまだまだ轟くでしょうね。勘気と短気で国を傾けた愚かな姫として。それから貴女のその、下品で不吉なあだ名……【悪霊の姫】とかでしたっけ」
悪霊違う! 死霊! 死霊なの。私の可愛いお友達を悪霊とか言わないでほしい。
「このお話を受ける前から思っていましたわ。自らを悪霊の姫などと自称する娘。なんて痛々しいのでしょう、と。そういう悪ぶったセンスは、子供時代に卒業するものでしょう? それを聞いたときから、貴女のことは、取るに足らない嘘つきの子供であると思いましたのよ。そんな嘘つきの愛されない娘を大金を払って引き取るのよ。マルグリットには感謝をしてほしいくらいです。息子は身分は低いけれど、愛している娘がいるらしいから、せめて添い遂げさせてあげたいのです。しかし、我々は貴族でしょう? 外面というものがありますからね。ド田舎の痛々しい姫でも王族は王族。だからお金で買ったの。貴女のような嘘つき小娘は、お飾りの妻として、薄暗い部屋で一生妄想ごっこをしていればいいのよ」
エリザベス大公は一息でそれだけの事を、のたまった。
私は、その傍若無人な言いように……
――――キレた。
「もういいわ。もう限界。もう、我慢するのやめる……」
――みんな、
――カタ
――カタカタカタ
――カタカタカタカタカタ
突然、部屋の調度品が細かな音を立てだした。
「な……何事なの、急に……」
異変を感じた女大公があたりを見回す。
リリアは慣れたもので
「あー、姫様の逆鱗触れちゃったしらなーい」
とシリウス様を伴って部屋の隅に退散していた。
私の怒りに伴って、部屋の燭台が明滅を繰り返す。空気の質が一気に変わっていく。
長袖のドレスを着ていても凍えるほどの冷気があたりを包んだ。
長旅でストレスたまってるよね?
たまには、思いっきり遊びたいよね?
どこからともなく、風が吹く。
スカートの裾がひるがえり、黒い霧が立ち込める。
「――いいわよ。全員でてきなさい。好きに飛び回っていいわ。思い切りはしゃいで」
瞬間、私の足元からおびただしい数の死霊たちが次々と湧き出てきた。
キャハハハ! ケタケタケタ! キャキャキャキャ!
死霊たちは、部屋の中央に渦をまいて、飛び回る。
それに合わせて部屋の調度品が宙を飛んだ。
いくつか割れるような音も聞こえるけど気にしないわ。
私はもう、この子たちの好きにさせると決めた。決めたんだから。
「ひ、ひぃぃぃぃぃーーーーーーーでたぁぁああ!!!!」
「う、うわぁぁあああああーーーーーー!!!!!」
死霊の奔流に巻き込まれた二人は大慌てだ。逃げようとしているが、逆巻くこの子たちの渦に阻まれて動けないみたい。
彼らの全力遊びはすごいもの。
初めてこの現象を見たお母さまも一週間は寝込んでいたわ。
まぁ、そのあと私は一ヵ月おやつ抜きになったけれど……
女大公たちは、死霊のサークルダンスの真ん中で逃げられず、泣き叫んでいる。
あんまりにも、みんなのことを馬鹿にするから、一度体験してみたら!
とみんなを出したんだけど、もしかしたらこの人たち、死霊を見るのが、そもそも初めてなのかもしれない。
嘘つきって、言っていたから、恐らくそうなのだろう。
シリウス様いわく、死霊は都会のほうでは、殆ど見ないものらしい。
人の営みが活発な場所では、死霊たちは存在しにくいとか。
だから、私のことを、嘘つきで妄想癖だとか言ってたのかな?
死霊たちに囲まれて、抱き合って悲鳴を挙げている二人を見ながらそんな事を思った。
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