第5話 明らかに冷遇された気が……

 クランベルグについた私たちを待っていたのは、盛大な歓待――などではなく、数人の使用人だけだった。


 王宮執事長のハンスさんは何とも言えない顔をして、私たち一行を迎える。

 言葉少なく、案内されたのは、ずいぶんと日当たりの悪い、廊下の端にある部屋だった。


「奥様のお部屋はこちらになります。ご同行の方々はお隣のお部屋で」


 必要な事だけ伝えたらそれっきりいなくなってしまった。


「なんだか、明らかに冷遇された気が……」


 リリアがいうのも無理のない話ね。

 この部屋の状態を見るだけでわかる。ああ、歓迎されてないなって。


 部屋の中は日当たりが悪いってもんじゃなかった。そもそも掃除をしたかどうかすら怪しい。部屋の隅にはほこりが残ってるし、窓も木枠の雨戸が閉まったままだ。

 こんな対応、わざと以外ではありえない。


「外交問題ですよこんなの!」


 しょうがない事……と一瞬思いかけたけれど、リリアが鼻息荒く怒りだした。


「姫様。抗議をしましょう! 我が国は田舎とはいえ、正式な王国です! 格下の公国風情に馬鹿にされてはなりませんよ! 我々は公式なマルグリッドの代表です。何か言われても私が対応しますよ!」


 確かに、私はマルグリッドの姫として来ているのだ。このまま黙っているというのは良くないかもしれない。


 シリウス様はどう思ってるのかな――と横を見ると、


 シリウス様の顔に、見たこともないような、真っ白な笑顔が張り付いていた。


「……ちょっと失礼。先方と私が話してきます」


「あ、では私も……」


「いいえ、コルテッサ様はここにいてください」


 そういって、シリウス様は笑顔のまま、出て行ってしまった。


「シリウス司祭……怒ってますね、あれ」

「あ、やっぱりあの笑顔って怒ってるのよね」


 シリウス様って、怒るときも笑顔なんだ……と少し笑ってしまった。



 しばらくして、シリウス様はハンスさんを伴って帰ってきた。ハンスさんによると、手違いがあったらしく、部屋が用意できない。主人であるクランベルグ女公は公務で不在で、謝罪もまた後日正式に……という話だった。


 じゃあ今夜の宿はどうしたら……と思ったけれど、シリウス様が教会関係を当たってくれて、クランベルグの教会に泊まる事ができることになった。

 シリウス様は流石司祭様だけあって、クランベルグの教会にも顔がきくらしい。


 都会の教会は、貴族が滞在する事も想定していて、しっかりとした貴賓室きひんしつが用意されていた。

 

 私は、教会の貴賓室の窓からクランベルグの夜景を眺める。

 至る所に灯がともっていて、こんな夜なのに出歩いている人が多い。実家のマルグリッドとあまりに違う景色に、異国に来たんだなと実感した。


「明日は、マルコ様と顔合わせ、ね……」


 私の旦那様になる予定のマルコ=アルマニオ=クランベルグ。

 どんな人なんだろうか。ついて早々、私たちを冷遇したのは誰? 

 きっと明日もいろいろあるのだろう。


「あーあ、マルグリッドに帰りたいな……」


 どうせなら、シリウス様が、どこかにさらって行ってくれればいいのに。


 そう思いながら、クランベルグの夜は過ぎていった。

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