第4話 にゅーっと、小さなしっぽ
遠方のクランベルグ公国は馬車でも5日かかる距離だった。実家のマルグリッドより都会で、公国であるが、商業で栄えているお金持ちの国。マルグリッドはワインの産地でどっちかというと田舎の農業国だったから、都会というものがあまり想像できない。
ガタゴトと馬車に揺られる最中。私の心はここにあらずだった。
だって、目の前に、シリウス様がいるから。いつも通りの優しげな瞳で、見つめてくる。ずっと、ずーっと、見つめてくるのだ。
……ちょっとまって、つらい。そんなに見つめられると平静を保てなくてつらいの。
「あ、あのシリウス様? そんなに見つめられると恥ずかしいのですが」
「おや、申し訳ない。レディをいつまでも凝視するのは失礼でした。しかし、どうか許してください。本日の姫もあまりにも可憐なのでついつい、見惚れてしまったのです」
――まって、まってシリウス様。貴方、そんなことを言う人でしたっけ?
直接的にほめられて、思わず顔に熱がのぼり私は、目を伏せてしまう。
あの聖堂での日から、シリウス様の様子がおかしい。
まず、私の輿入れにシリウス様が同行すると言い出したのだ。
「クランベルグにも司教はいらっしゃるでしょうが、ここはぜひ、私が姫様の婚姻の祝福をさせていただきたいのです。姫様は幼いころからの縁深き方。是非にも、お願いしたいのです」
お父様に直談判をし、一歩も譲らなかった。
お父さまも先代プリンシパル大司教様には大恩があるからと、最終的には折れて、クランベルグ側と交渉をしてくれた。
そうして、交渉はすんなりといき、シリウス様も同行できる運びになった。どうやら、死霊の姫の婚姻など、クランベルグ側の司教が誰もやりたがらなかったという事情もあるらしいのだけど。
そんなこんなで、シリウス様と馬車旅行ができる機会に恵まれた私だったけど、なぜかグイグイくるシリウス様に圧倒されている。もちろんうれしいのだけど、恥ずかしすぎて、ろくに目もあわせられない。
隣にいるリリアも、ニヤニヤ笑うばかりで助けてくれないし……
「ときに、コルテッサ様」
「ひゃい」
あ、変な声出た。動揺しすぎよね。
「今も死霊たちはついてきていますか?」
「は、はい。馬たちが怯えるので、私の影に入ってもらっていますけど……」
死霊たちは実は、別に陽の光なんかは苦手としない。いつでも好きな時ふわふわと漂って好きなようにふるまっている。でも、私の周り以外ではそんなに見かけない存在だ。
それはなぜかというと、この子達は基本的に影に潜む習性があるからだった。
今も私の足元の影に、沢山の死霊たちがついてきている。
「そうですね……あの猫の子は、今出てこれますか?」
「は、はぁ。出せます、けど……おいで」
私が合図をすると、足元からにゅーと、小さなしっぽと耳のついたまん丸半透明な死霊が一体出てきた。
「やぁ、久しぶりだね。彼と少し話しても?」
え、シリウス様も、死霊と話せるの? 初耳だった。たしかに死霊にむかって語りかけているのは何回か見たことはあったけど、一方的なおしゃべりだと思っていた。
シリウス様はしばらく小声で元猫霊に話しかけていた。どうも話がまとまったらしく、元猫霊は、しゅるると、足元の影に入ってしまった。
「え、え、え?」
「すいません。もう入ってしまいましたが、彼をしばらくお借りしてもいいですか?」
「それは、別に、いいんですけど……」
もともと私の所有物じゃないしね。
本人(本猫? 本霊?)がいいのなら全然いいのだけど……
「彼にはちょっと仕事を手伝ってもらおうと思いまして。何ぶん出先なので、まさしく猫の手もかりたいのですよ」
珍しく冗談をいうシリウス様。相変わらずニコニコと笑顔は崩さないけど、一体何を考えているのか最近まったくわからない。
「大丈夫、悪用はしませんよ。ですからそんな
いけない。思い切り顔に出てしまっていたようだった。
私はとりあえず、下を向いてやり過ごすことにした。
しばらくして、ちらりと、シリウス様の顔を見る。
今度は、馬車のガラスからどこか遠くを眺めている様子だった。
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