第2話 オニキスに憂いを込めて

「陛下も陛下です! 姫様の気持ちも無視して、ひどいです! それに嫁ぎ先が格下の公国なんて!」


 自室に戻ってきて、開口一番、メイドのリリアは憤慨ふんがいしていた。


「ありがとう、リリア。でもね、王女なんて本来は、そんなものなのよ」


 リリアは、私のお付きのメイドで、唯一の親友だ。私の身の回りのお世話はすべてリリアがしてくれている。本当は、もっとたくさんのメイドがいてもおかしくないんだけど、私にはリリアしかいない。


 その理由は一つ、私が呪われた姫だから。ほかの子たちは怖がってお世話もできないのだ。


「そもそも、姫様が死霊レイスまみれなのも、姫様のせいじゃないのに」


「そうは言っても、そういう体質だからしょうがないのよ」


 私は生まれたときから呪われた子だった。

 赤ちゃんの頃から、私の周囲には死霊たちが自然と集まってくる。ただ、死霊たちは悪さはしなかった。それどころか、私の友達だった。


 呪われた子、しかも死霊と遊ぶ赤子なんて普通は殺されてもおかしくないものだと思うけど、優しい父王と、母。それと当時国の教会の大司祭をされていたプリンシパル様の特別の計らいで、普通に育てられることになった。


 私のそばにいる死霊たちは基本的に人畜無害だったし、私の言う事をよく聞いてくれた。

 だから私にとって、死霊がそばを漂うのは日常だ。少し空気がひんやりするのも、夏場には逆に快適でいいくらい。


「私は、この子たちとあなたが居てくれればそれでいいわ。……一応確認なんだけど、リリアも一緒に、来てくれる?」


「何言ってるんですか。当たり前です。どこまでもついていきますよ」


 私の友人はとっても頼もしい。この子が居てくれれば、見知らぬ土地でもやっていけると思えた。


 私は、満足して深くうなづく。


 考えてみれば、いつまでも、実家に引きこもっている訳にも行かなかったし。こうなるのも、運命だったのかも。どんな時でも、いい方向に考えないとね。


 さぁ、そうと決まれば。


「うーん、それじゃあリリア。パーティの準備は任せるから、私はちょっと行ってくるわね」


「あ、姫様。もしかして、聖堂ですか?」


 うん。そう。私は午後のこの時間、いつも城の聖堂に通ってお祈りをするのが日課だ。


 もともとそんなに信心深くはないんだけど、赤ちゃんの頃、私を助けてくれたプリンシパル司祭様の手前、物心ついたころから毎日通っている。

 お父様とお母さまは、神様の力で、私の体質が治ることを期待していたみたいだけど、結局効果はなかった。

 

 それどころか、死霊レイスたちは教会の空気が好きなんだって。澄んでいて気持ちがいいって言っているのを聞いた時は、死霊って何なんだろうと、一晩悩んだくらいだ。


 まぁ私が足しげく通うのはそれだけじゃないんだけど……


 黒髪を揺らし、お城の渡り廊下を歩く。

 お母さま譲りの黒瑪瑙オニキス色の髪と瞳を、正直、私は地味だと思っている。

 でも、私の見た目のプロデュースを一手に引き受けるリリアによると、


『地味? とんでもないですね。その漆黒の髪と瞳は姫様の麗しく白いお顔と合わさったとき、その魅力を10倍にも、100倍にもさせるのです。その憂いを帯びた表情たまりませんね。そうそう、もっとうつむいて、まつ毛を下げて……。ああ、その悲しそうなお顔…………ふう、とっても良いです』


 ――性格は結構明るい方だと思うんだけど、リリアに言わせると、悲しそうにしているほうが“らしく”見えるらしい。


 そんなわけで今日も聖堂で跪いひざまずて祈りを捧げる。リリアの言う通り、できるだけ物憂げに眉毛を寄せて、物悲し気に……。



「コルテッサ様。今日は一段と憂いておられますね。何か悲しい事でもありましたか?」

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