生存確認

 ぼうっと座っていたら、ピロンといつもの音がした。

 いつから、どうして、壁に向かってただ座っていたのか思い出せない。

 とりあえずスマートフォンを手に取ると、母親からの通知が表示されていた。


[久しぶりに天袋を開けたら不用品だらけ! 断捨離するぞー]


 おーっと拳を突き上げる猫キャラのスタンプが添えられている。


[売ったらカネになるかもよー。分前くれ]


 なるべくアホっぽいスタンプを選んで、返事と共に送る。

 これにて本日の生存確認作業完了。

 

 スマホをデスクに置いたら、またピロンと鳴った。

 まだ用事があったのかと見れば、学校の担任の名前が表示されている。


[連絡忘れのようなので送ります。明日は登校できそうですか?]


 欠席連絡は毎日しろと言われていたんだが、すっかり忘れていた。


【先生より先に連絡できませんでした。では。もぐもぐごっくん】


 ダンジョンは生きている、意志がある、成長するって言ったのは誰だっけ。

 こいつはいつまで俺を食い続けるんだろう。排泄し続けるんだろう。

 

 この世界おれのへやにおいて食物連鎖の頂点はダンジョンで、おれはメインディッシュか、つまみか。


     ※※※※※


 放り込まれたのは倉庫のような場所だった。

 蛍光灯の寒々しい白色に照らされて、たくさんのスチール棚が並んでいる。

 棚の中には、フィギュアやアクリルスタンド、コミックス、畳まれたタペストリーやタオル、Tシャツのようなものがぎっしり詰まっている。

 いや、待てよ。

 こんなに眩しい蛍光灯に照らされていたら、劣化してしまう。

 俺は大急ぎで棚に駆け寄った。

 手近なフィギュアを一体手に取ってひっくり返すと、ブーツの色が接地面だけ濃い。自分のものでもないのに、冷や汗が流れた。


 立ったまま見渡すと、壁際に畳んだ段ボールがたくさんあり、ガムテープもある。とりあえず一箱組んで、近くの棚のものから詰めていった。

 

 傷つかないように綺麗に詰めることだけ考えて黙々と手を動かし続けて数箱分、ふと気がつくと詰め終えた段ボール箱が置いた場所にない。

 慌てて棚の間を走り回っていると、ポケットの中でピロンと通知音が鳴った。


[違反ですので取引はキャンセルされました]


 違反って何だよ? 俺が勝手にグッズに触り、用意されていた(かのような)段ボール箱に仕舞ったことか?


 発信者を見直すと、中古品不用品を取引するサイトの名前だった。


 待てよ? キャンセルされたといっても、箱詰めしたグッズはここにはない。誰かが不正に入手してしまったのか?

 っていうか、この大量の物たちの持ち主は誰なんだ?

 俺が全て責任を取らなきゃいけないのか???


     ※※※※※


 我に返ると自分の部屋で、ふやけて麺が増量して見えるカップ麺が目の前にあった。

 何となく遠くを見たい気分になったが狭い部屋。壁際のビニール袋の山が目に入った。

 中のものが見えないように、いちいち新聞紙に包んで45リットルのポリ袋に突っ込んだ、俺の断捨離の果て。

 ゴミの日の朝に起きられないせいで、部屋の備品のようにそこにあるままだ。

 ある日突然が色を失ったせいで、母親より先に断捨離に取り組んでいたのだ。

 これが目の前から消えたら、俺は新しい何かを始められるんだろうか。

 

 とりあえず、今回はうやむやで戻してもらえたらしい。

 つまり、俺は排泄物にならずに済んだわけだ、たぶん。

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